« 長野・善光寺の北京五輪聖火リレーのスタート地点辞退という正常な判断。 | トップページ | 光市母子殺害事件・・・差し戻し審「死刑判決」に対し、被害者遺族・本村洋氏が記者会見で述べられた事と、これから私達が考えるべき事。 »

2008年4月21日 (月)

祝!10周年! YAMAHA(ヤマハ)YZF-R1・・・衝撃の登場から10年!

今月号のバイク雑誌「BiG MACHINE(ビッグマシン)」5月号で特集されている・・・
「生誕10周年記念インタビュー YZF-R1がピュアスポーツの歴史を変えた理由」
・・という記事を読んだ。

そうか、あれからもう 10年になるのか・・・

私がバイクを降りたのは1991年8月自分の結婚式の1か月前だった。
当時乗っていたオートバイはYAMAHA(ヤマハ)RZV500R(フルパワー仕様)・・・。
東京に住んでいた私は結婚式の打ち合わせのためにカミさんとなる女性の実家に向かおうと、自宅のアパートを出てすぐ国道246号を通行中、強引に右折して来た郵便集配の軽バンに追突された。
幸いケガは打撲程度だったが、当然、約束の時間には遅れてしまった。
そして、あちらのご両親からこう言われた・・・

「バイクは危険なのでもう降りてくれないか?」

1ヶ月の結婚を控え・・・・年齢も30歳近く、もう、若くもないし、東京での日々の厳しい仕事にも追われ、20歳代前半のように乗る時間もほとんどとれない、潮時なのかもしれない。そう思った。
RZ350→RG250γ→NS250R→NSR250→RZV500Rとずーっと2スト一筋、俗に言うレーサーレプリカを乗り継いでいたが、私は相手方のご両親の言葉に従い、オートバイを降りた。

しかし、結婚してもヤッパリ、オートバイが好きでレースが好きなのは変わらなかった。

結婚から7年目の1998年、たまたまのぞいたあるバイクショップである1台のバイクに出会った。

ホワイトとレッドのド派手な外装に追随は絶対許さねー!というような戦闘的なフォルムと貌・・・1998年式YZF-R1であった。
乾燥重量177kg、最高出力150馬力という当時としては驚くべきスペック!
素人も大枚はたけばこんな凄いオートバイに乗れる時代になったのか・・・。
でも、もう私がオートバイに乗る事はない・・・・。
TAMIYA(田宮)から発売された1998年式YZF-R1のプラモデルを作るのがせいぜいだった。

しかし、2000年春に実家長崎に大きなトラブルが発生・・・。
私は帰郷を検討せざろう得ない状況に・・・結局、離婚して、ひとり帰郷した。
それから数年、故郷へ帰ったもののバイクや趣味の事などほとんど考えられない鬱屈した時間が過ぎる・・・。
2003年秋、立ち寄った書店でたまたまバイク雑誌を見ていた時、あるバイクが目に入る・・・

2004年春発売予定HONDA CBR1000RR!
(この時、R1じゃないのがミソ・・・)

この鬱屈した人生に必要な刺激ってなんだ?
そうだ!バイクだ!もう一度、バイクに乗ろう!

早速、自宅近くの「赤男爵」に向い、北米フルパワー仕様のCBR1000RRを予約を入れる。
ところが年が明け、2004年になってもても、一向に「赤男爵」からは何の情報も入って来ない。
そうこうする内に100馬力の国内仕様が発売されるとの情報がHONDAから発表されるのだが、近所の「赤男爵」はそれらの情報もスルー、問い合わせてもまともな対応をしてくれない。
ああ、ここは信頼出来ない。予約は即、取り消し。

しばらくの間、また鬱屈した時間が過ぎる・・・。
2004年3月下旬、たまたま立ち寄ったYSP長崎でとんでもないものを見てしまう。

船便で北米から逆輸入され、スティールのBOXの中にしっかりと固定されている「2004年式YZF-R1(ブルーイッシュ・シルバー)」
乾燥重量172kg、最高出力172馬力・・・って・・・アホか!

それま立ち寄ったバイク屋で2002年式、2003年式のYZF-R1は見ていたが、1998年初期型の衝撃的なまでのインパクトは影を潜めていた。
ところが、デザインもスペックも一新された2004年式YZF-R1は貌が違う!
俊敏な猛禽類を思わせるスタイリュッシュで戦闘的で挑戦的なフォルムと貌。
1998年初めて見たYZF-R1を見た時以上の衝撃が私の体の中を駆け巡る。

「よう、そこのカッタるいオッサンよ!あんたにゃ無理なバイクだよ!」

そう言っているように思った。
でも、一目惚れだ!

これまでの人生で最も高額な衝動買いだった!
整備され、納車されたのは4月に入ってから。

十数年振りに跨る自分のためだけのオートバイ!
無茶は承知の筈だったが、その想像を遥かに超えていた!

「ドハハハッ! 何じゃぁコリャァー!」

80年代の過激が売りの2ストレプリカがまるでオモチャだ! 
ド素人の十数年振りのリターン・ライダーには何とも無茶なオートバイ!
納車されて、近場の峠でトレーニングするが、少しでも粗いスロットル操作をすると容赦なく壁に何度も張り付きそうになる。
まだ慣らしの段階なのに目線がいつまでたっても、まったく追いつかない。
挙句に、緊張し、腕に力が入ってしまい、YZF-R1の本来持っている筈の高い旋回能力を出す事すら出来ない。
それが、その時の現実だった。

そんな状態で、YSP長崎で知り合いになった方々にツーリングに誘って頂き、初のロングツーリング。
峠に入った途端、先行車両を追い掛けて、案の定、壁に張り付く。
まぁ、体も新品のバイクも大きなダメージが無く済んだが、一気に自信を喪失・・・。

だが、傍目にはスパルタンに見えるポジションも実は凄くコンパクトで、スロットルさえ開けなければ街乗りでも、そんなに疲れを感じる事もない。
しかも、軽くスロットルを煽るだけで、全ての街行く車両を置き去りにする。

地道に近場の峠でトレーニング、ついでにUターンや超低速走行も近所の工業団地の広い駐車場でトレーニング。

そうやって数か月経過した時、それは唐突にやって来た。まるで脳がパキーンと弾けたように!

「そうだ、これだ! 昔、感じていた筈の感覚!」

常に目線を先に置き、腹筋と背筋でバイクをホールドし、腕の力を抜きブレーキングとスロットルワークに集中し、ステップワークをリズミカルに行い荷重を掛けて肩からスッ!とコーナーに入る。
リッターSS(リッター・スーパースポーツ)をド素人なりに操る楽しみ! リッターSSのみに許される過激な醍醐味! 2ストレプリカとは比較にならないアベレージで長い時間味わえる「昔、感じていた筈の感覚!」
超過激を謳うジェットコースターなど足元にも及ばないの非日常世界・・・。

マン島を走るトップ・プロ・ライダーは1周60kmの厳しい条件のロングコースを平均時速210km(オートバイレースの最高峰MotoGPでさえ、平均時速で時速200kmを超えるサーキットは皆無。もちろんマン島TTレース仕様車のストックレースクラスでも最高速は320kmオーバー)という信じられないスピードでこれらリッターSSを

ベースにしたマシンで駆け抜ける。

私の2004年式YZF-R1は2006年9月にセンターライン・オーバーして来た車に追突され粉々になったが、YZF-R1が追突時の衝撃をほとんど吸収してくれ、SHOEI製フルフェイスヘルメットと脊椎パット入りMFJ公認皮ツナギのお陰で脳震盪で一次記憶は飛んだものの、鞭打ちと打撲程度で済んだ。こんな痛い体験をしても、一度知ってしまったYZF-R1の非日常の世界から逃れられなくなってしまった。
私のYZF-R1は2006年式(ブラック・メタリック)へとさらに進化し、私の頭部を守ってくれるヘルメットも今やagv製バレンティーノ・ロッシ・レプリカ・MUGELLO 2006 "MANARA"へと変わった。

我ながら・・・まったく、困ったオッサンだ。
その困ったオッサンの夢は50代でも60代でもいいからYZF-R1でマン島を走る事!
(2007年100周年記念を迎えたマン島TTレースのDVD(「マン島TTレース: 2007」と「The History of the TT - マン島TTレース 1907~2006」の2本)を見たが相変わらずいい歳こいたオッサンたちがイカレまくっています!)
「マン島TTレース: 2007」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000WMEMIM/
「The History of the TT - マン島TTレース 1907~2006」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000WMEMIC/

ピュアスポーツの歴史を変えたのは間違い無くYZF-R1という素晴らしいオートバイであり、YZF-R1の登場によって、この10年、ピュアスポーツとしてのオートバイの歴史、リッターSS(リッター・スーパースポーツ)の歴史を他社と抜きつ抜かれつしながら支えた。
確かにこのクラスは法改正の影響で、今後はフルパワーの逆輸入仕様の入手は困難となる。
また、フルパワーでなくともリッターSSという位置付で日本国内仕様を販売出来るのは体力のあるHONDAだけになるかもしれない。

しかし、誇りある日本の技術者と開発ライダーがこのステータスを守るべく努力してくれると信じている。

この10年、YZF-R1という誇りある素晴らしいオートバイを提供し、それを愛し、ステータスを守ってくれた全ての人々に感謝の意を捧げたい!

|

« 長野・善光寺の北京五輪聖火リレーのスタート地点辞退という正常な判断。 | トップページ | 光市母子殺害事件・・・差し戻し審「死刑判決」に対し、被害者遺族・本村洋氏が記者会見で述べられた事と、これから私達が考えるべき事。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/164537/40953107

この記事へのトラックバック一覧です: 祝!10周年! YAMAHA(ヤマハ)YZF-R1・・・衝撃の登場から10年!:

« 長野・善光寺の北京五輪聖火リレーのスタート地点辞退という正常な判断。 | トップページ | 光市母子殺害事件・・・差し戻し審「死刑判決」に対し、被害者遺族・本村洋氏が記者会見で述べられた事と、これから私達が考えるべき事。 »