2009年6月 5日 (金)

俳優「デビッド・キャラダイン」が亡くなりました。今はただ大きなショックと怒りしかありません。

2009年6月4日、アメリカ人俳優・デビッド・キャラダイン(72歳)がタイのバンコクのホテルで、首を吊って自殺してしまいました。

Photo

本当に信じられません。
今はまだとてもご冥福を祈ると言う気持ちにもなれません。
ただただ大きなショックと怒りさえ感じています。

映画撮影中にタイのバンコック滞在中の突然の出来事でした。

デビッド・キャラダインと言えば若い世代の方々にはクエンティン・タランティーノ監督「キル・ビル vol.1」、「キル・ビル vol.2」のビル役で馴染みが深い事でしょう。

「デビッド・キャラダイン」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%B3

「The Official David Carradine Website」
http://david-carradine.com/

しかし、我々、ブルース・リー世代にとってはデビッド・キャラダインという俳優は存在は当初は憎き存在でした。
ブルース・リーがアメリカのワーナーに持ちこんだ企画をABCがTVドラマ化した「燃えよカンフー」に主演したのが若き日のデビッド・キャラダインでした。
当時、まだ無名の小柄な東洋人で程度にしか思われていなかったブルース・リーは結局主演出来ず、デビッド・キャラダインにこの役を持っていかれたのでした。

70年代初頭、デビッド・キャラダインはその「燃えよカンフー」の主演で大人気を得ました。
その後、「ロング・グッドバイ」、「ミーン・ストリート」、「デス・レース2000年」などの作品でクセのある演技と個性が評価されるようになり、確固とした地位を築いて行きます。

ブルース・リーが勝新太郎の「座頭市」にインスピレーションを受け、ジェームス・コバーンと原案を制作し、二人の主演で映画化を望んでいた「サイレント・フルート」(脚本:スティーリング・シリファント)という作品は、結局、1978年デビッド・キャラダイン主演で映画化されました。
この時も私自身はブルース・リーが生きていればと、デビッド・キャラダインなんぞに・・・という気持ちでいた憶えがあります。
だから、彼の事は中々好きにはなれなかった。
80年代の「ロング・ライダーズ」や「テキサスSWAT」、90年代に入り「バード・オン・ワイヤー」などでも好演するのですが、それでもブルース・リーとの因縁にいつも囚われていたような気がしていました。

そして、21世紀、デビッド・キャラダインは「キル・ビル vol.1」、「キル・ビル vol.2」に登場!
ブルース・リーが「死亡遊戯」で来たイエローのトラックスーツを身に付けたユマ・サーマンがデビッド・キャラダイン演じるビルとその凶悪な手下どもと戦うという、ここでも彼はブルース・リーの因縁に囚われていたのです!
しかし、その因縁をデビッド・キャラダインもタランティーノ監督も逆手に取って、デビッド・キャラダインは素晴しい悪役を演じて魅せてくれました。
それは、深い因縁に対するデビッド・キャラダイン自身の思いの深さも感じる演技だったように思います。
そして、あぁ、この人は本当はずっとブルース・リーの影に怯え、それを乗り越えようと苦しんできたのではないかと思い、切なくなり胸が痛みました。
同時にこのデビッド・キャラダインという魅力的な役者を認めようとしなかった自分を腹立たしく思いましたし、後悔もしました。

デビッド・キャラダインも、もうそれなりの年齢になってしまったけど、まだまだこれから素敵な俳優として、きっと色んな役にチャレンジしていってくれるのだろうと思っておりました。

そんな時にやって来た突然の訃報・・・。
それも、どんな事が原因かまだよく分かりませんが、自ら死を選ぶという最悪の結果・・・。
本当に無念で悔しくてなりません。

デビッド・キャラダインのバカヤロー!
なんで、死んじゃうんだよー!

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2009年5月18日 (月)

新型インフルエンザ・GWシャッフル・パンデミック。しかし、今後は冷静な対応を!

2009年5月18日現在、大阪・兵庫で新型インフルエンザの感染者が拡大している。
大阪府は既に最低7日間の府内の全ての中学・高校の休校を決め、更に兵庫も県全域の県立学校を22日まで臨時休校を決め、その他、企業の出張自主規制など、様々ところに影響も出始めている。

国と厚生労働省は水際作戦に徹していたが、そんな付け焼刃的な処置は難無く突破されてしまい、海外渡航経験の無い人々からも新型インフルが検出されてしまうに至った。

しかし、考えてみれば、目先のバラマキ定額給付に踊らされ、ETC1000円サービスに踊らされ、GWの大型連休で、既に多くの人々がもうシャッフルされてしまっている訳だ。
もう、大阪・兵庫だけでなく、何時何処で大規模発生が起きてもおかしくない状況が作り上げられてしまっているのではないか?。

楽しい事の少ない、今のこの国でGWの大型連休の身近な旅行は庶民にとって唯一の息抜きであったのだろうが、やはり、国や厚生労働省も、我々国民ももう少し先を見越した行動を行うべきではなかったか?
新型インフル=他人事・・・という意識がどうも我々にも蔓延していたような気がするのだが。
目先の享楽や利益に目が眩んだものの、今後の感染拡大阻止のための様々な規制や自主規制で社会生活に支障が生じ、結果、大きな経済的損失となるかもしれない。

新型インフルエンザ自体は今のところ弱毒性であり、タミフルなどの投与で適切な処置を行えば、現状では然程重い症状に陥ることなく対応が出来る。
感染者がマスクをする事で他者への感染予防には効果があるので、自身の感染を想定しての早期のマスク着用は意義があるであろう。
うがいについては感染直後約10分以内で体の粘膜より体内にウィルスは取り込まれてしまうので、その間にうがいをするのなら効果があるそうだが、それ以外は効果はほとんど喉を多少潤す程度で、実際にはほとんど効果はないそうだ。
10分置きに延々とうがいするのは現実には無理だが、まぁ、うがいをしないより、する事にこした事は無い。

しかし、なによりも手洗いによる消毒! 
加湿によって感染力を落としておく事も一般家庭で出来る事であろう。 

尚、新型インフルエンザが一旦、今年の夏季に収束しても、また秋冬はこれまで以上に充分な注意が必要となるであろう。
早期のワクチン大量開発とタミフルなど治療に効果ある薬品の更なる備蓄など国家レベルでの対応も求められるが、どうなるので、あろうか

いずれにしても、風評被害に惑わされず、パニックに陥る事無き様、我々自身も冷静な行動を行わなければならない。

後は新型インフルエンザが悪い方へと変異しない事、別の新型インフルエンザのパンデミックが起きない事を祈るばかりだ。

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2009年5月 3日 (日)

歴史はかくも美しく劇的に神によって創られる! マニー・パッキャオ!「THE BATLLE OF EAST AND WEST」

2009年4月14日、元6階級制覇世界王者のボクシング界のスーパー・スター、オスカー・デ・ラ・ホーヤが引退を決意した。
そのデ・ラ・ホーヤに事実上、引導を渡したのが元4階級制覇世界王者・フィリピンの国民的英雄パックマンことマニー・パッキャオであった!
パッキャオの戦績は53戦48勝(36KO)3敗2分。

マニー・パッキャオは昨年2008年12月6日に開催されたまさに階級を超えたノンタイトルのドリームマッチでデ・ラ・ホーヤと対戦。
全盛期は超えたとは言え、ミドル級のタイトルまで制したデ・ラ・ホーヤだ。
軽中量級の4階級を強打で制して来たパッキャオとは言え、あまりにも体格が違う、誰もがパッキャオのチャレンジは無謀と言った。
ところが無謀な筈のドリームマッチの蓋を開けてみると、体格では圧倒的に劣るパッキャオが、持ち前の強打とテクニックで終始デ・ラ・ホーヤを圧倒!
8R終了時、なんと、あのデ・ラ・ホーヤをTKOで屠った。
この瞬間、これまで、何度も煮え湯を飲まされていた多くのアジアのボクシング・ファン、格闘技ファンは思った筈だ。
ひょっとしたら、この小柄なフィリピン人が世界のプロ・ボクシングの歴史を塗り替えてくれるかもしれないと。
勿論、日本にも長谷川穂積や内藤大助らの現役の素晴しい世界チャンピオンは居る。
だが、彼らでは、本場アメリカでのビックビジネスの世界的興行を担う事は許されないのが現状だ。
実際、アジア人では商売にならなかったのが、これまでの本場のプロボクシングの世界なのだ。
其処にはアジア人に対する偏見もまだ残っていた。

日本時間2009年5月3日(現地時間5月2日)、アメリカ・ネバダ州ラスベガス・MGMグランド・ガーデンでのIBO・S・ライト級タイトルマッチ・・・
「THE BATLLE OF EAST AND WEST マニー・パッキャオ vs リッキー・ハットン」が開催された!

パッキャオの対戦相手のザ・ヒットマン、リッキー・ハットンはイギリス・マンチェスター出身の元2階級制覇世界王者、こちらも強打のストライカー!
ハットンの戦績は46戦45勝(32KO)1敗。
オッズでは前試合でデ・ラ・ホーヤに勝利したパッキャオ有利であったが、元々軽い体重から上がって来たパッキャオでは、S・ライト級を主戦場とし、圧倒的なパワーを誇るハットンの強打の前に沈んでしまうのではないかという声がプロボクシング関係者筋からは漏れ伝わっていた。
両者ともアグレッシブでほとんど後ろに引かず、常に強いパンチを出すタイプの選手。年齢も同じ30歳。戦績も互角。
バッキャオは19歳という若さで世界チャンピオンになり、これまで、常に進化を見せていたが、今回は更に進化を見せなければ厳しい試合になる。
多くの猛者を沈めて来たバッキャオの左ストレートだが、今回は技術的にも更にプラスアルファが求められている。
そして、バッキャオが本場アメリカで真のスーパースターになるためにはこの試合でリッキー・ハットンを圧倒しなくてはならない。
敗北すれば、これまで、長い時間をを掛け築き上げて来た何もかもを失う事を意味する。

ボクシングというのは何と恐ろしいスポーツなのだろう。

今回の「THE BATLLE OF EAST AND WEST」のプロモーターは何とデ・ラ・ホーヤ!
デ・ラ・ホーヤにとっては引退決意後の最初の大仕事が、自身に引導を渡したマニー・パッキャオの試合となった。
デ・ラ・ホーヤには確信があったのかもしれない。
自身引退後のプロボクシング界を担えるスーパースターはどの階級を見てもマニー・パッキャオしか居ないと。
だからこそ、彼には最強の相手リッキー・ハットンと対峙する必要があると。

緊張した面持ちでリングに上がったリッキー・ハットンに対し、引き締まった肉体に穏やかな微笑みを浮かべ入場するパッキャオ。
その微笑みは真のスーパースターへの自身の道程の予感なのだろうか。

この試合はWOWOWで生中継されていた。
自宅の80インチスクリーンに映し出されたパッキャオの姿を観た瞬間、私も何か歴史的瞬間に立ち会えるような予感がした。
会場のラスベガス・MGMグランド・ガーデンの会場の空気もそれを期待する熱気に満ちているような気がした。

ゴングが鳴り、試合開始!
1R序盤、ハットンの圧力が勝り、パッキャオは少し下がり気味。
しかし、ハットンのパンチは一発もパッキャオには当たらない。
逆にパッキャオの右フックがカウンターで何度もハットンの側頭部を捉える!

パッキャオのプラスアルファはこれだったのだ!
パッキャオは得意の強烈な左ストレートを放つ前に、ハットンの想像を超える強い右フックをクロスして放つ!
全く対処出来無いハットン!

最初のダウンは1R残り57秒! 
ハットンの大振りの左フックを軽く避けると同時にパッキャオの右フックが炸裂!
ハットンはカウント8で何とか立つ。

一気に攻勢に出るパッキャオ!
右フックと左ストレートが次々にヒット!
ハットンが棒立ちになったところで、パッキャオ得意の左ストレートが綺麗にハットンを打ち抜く!
1R残り8秒でハットン2度目のダウン!

何とか1R終了の前に立ち上がりゴングに救われるハットン。

1分の休憩で何処まで回復出来るか・・・。

2R開始のゴング。
何とか立て直しを図ろうとするハットン。臆せずに1Rと同様、前に圧力を掛けようとする。
しかし、ハットンはのパンチはヒットせず、クリンチに持って行くところまでしか出来ない。
ハットンが右フックを警戒するとパッキャオの左ストレートがヒットし、左ストレートを警戒すると右フックが飛んで来る。
混乱するハットンに対し、冷静なパッキャオ。
対照的だが両者ともアグレッシブなので、非常に素晴しい試合だ。
ハットンは2R中盤、パッキャオのボディに一発入れるが、鍛え抜かれたパッキャオの体にダメージを与える事は出来ない。
それでも、多少、試合が落ち着くかと思った2R残り8秒!
パッキャオの強烈な左アッパーがハットンの顎を見事に捉える!
そのままリングに仰向けに倒れ、ピクリとも動けないハットン!
レフリーはすぐに試合を止め、パッキャオの2RTKO勝利!

まさにボクシングの歴史に新たな一頁を刻んだメガトン級の一発!
フィリピンの貧しい農村に生まれた小柄な一人の男が、プロボクシングのシンボルとなった歴史的瞬間!

試合を終えた後、傷ひとつないパッキャオにはまた穏やかな微笑みが戻った。
しかし、其処にはプロボクシングのシンボルとなったオーラも同時に纏っていた。

WOWOWの中継ゲストの俳優・香川照之がこのKOシーンを観て「神の介在を感じる」と表した。

まさにその通り。歴史はかくも美しく劇的に神によって創られるのだ。

ボクシング・ファン、もしくは格闘技ファンでなければ、この日本でマニー・パッキャオの名を知る者はまだ然程多くない。
だが、アジア人「マニー・パッキャオ」の名は間違いなく後世に残り、ロッキー・マルシアノ、モハメド・アリ、オスカー・デ・ラ・ホーヤらと並び称される事となるであろう。

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2009年4月10日 (金)

天皇皇后両陛下金婚式(ご結婚50年)のお言葉を読み、「全国映画興行ランキング(2009年4月4日~5日)」を見て思うこと。

まずは、全国映画興行ランキング(2009年4月4日~5日)である。

全国映画興行ランキング(4月4日~5日)

興行通信社調べ

前週作品名配給会社公開日公開週
1 2 ドラえもん 新・のび太の宇宙開拓史 東宝 2009/3/7 5
2 1 ヤッターマン 日活/松竹 2009/3/7 5
3 3 ドロップ 角川 2009/3/20 3
4 4 マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと FOX 2009/3/27 2
5 7 映画プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合! 東映 2009/3/20 3
6 6 相棒シリーズ 鑑識・米沢守の事件簿 東映 2009/3/28 2
7 5 ワルキューレ 東宝東和 2009/3/20 3
8 8 マダガスカル2 パラマウント 2009/3/14 4
9 NEW ザ・バンク -堕ちた巨像- ソニー 2009/4/4 1
10 NEW トワイライト~初恋~ アスミック・エース/角川エンタテインメント 2009/4/4 1

こりゃ、何だ?
確かに年度替わりの節目の時期で、尚且つ、春休みだし、普段映画館に足を運ぶ事の中々出来ない、子供たちやファミリーがより多く、映画館に足を運ぶ時期でもある。

1位、2位、5位はテレビ・アニメの映画版やテレビ・アニメの実写版。
3位はお笑い「品川庄司」の品川ヒロシが、原作小説とコミックで出版した「ドロップ」の映画化。品川ヒロシ自ら脚本・監督+イケメン俳優出演。
4位は日本人大好きペット・ムービー+デート・ムービー+コメディ+プチ感動の「犬」映画。
6位は大人気ヒットドラマのスピンオフ。
7位にやっと洋画が登場! ありがたや、トム・クルーズ印。
8位はハリウッド製大人気CGアニメの続編。
9位はつまらない邦題に変えられてしまったサスペンス&アクション洋画。
10位は若いカップルへ最適なデート・ムービー! イケメン・バンパイア+ロミオ&ジュリエット(吸血鬼バージョン)。

いやね。それぞれの映画に実際には沢山の魅力と面白さはあると思いますよ。
そういう中にも、沢山の新たな才能の可能性と、後に傑作と呼ばれるようになる作品が生まれる可能性もあると思います。
エンタメを装い、痛烈な社会風刺を盛り込もうとする作品がある事も確かです。

でも、ここに並んだ映画のアイコン、あまりにも分かり易くないですか?
我々はその、分かり易すいアイコンにただ乗っかっていれば、いいのでしょうか?

だって、近くのシネコンは分かり易いアイコンの映画しかやってないんだもん! 仕方ないじゃん!
こういうご意見があるなら、本当に仰せの通りです!

今の日本の状況、経済・政治・社会・・・何もかも酷いですよね。
でも、これってみんな自分たちの責任ですよね。
胡散臭い連中の分かり易いアイコンに乗っかて、思考停止した来た結果が、これじゃぁ、なかったんでしたっけ?

2009年4月10日、天皇皇后両陛下が金婚式(ご結婚50年)を迎えられた。
4月8日、ご結婚50年を前に記者会見で語られたお話。

http://www.asahi.com/national/update/0409/TKY200904090267.html

私は俗に言う「右巻き」でも「左巻き」でもない、また、この記者会見の内容を「夫婦や家族や友人どうしがこのお言葉を共有してはどうか」と配信メールで進めて来たコラムニスト・勝谷誠彦氏の全ての意見に与している訳でもない。
今、ここで、安直に日本国憲法や天皇制について論ずるつもりもない。

しかし、記者を前に天皇皇后両陛下がお話されたお言葉は本当に地に足が付いていると感じたのだ。
我々が、この厳しい時代に於いて、忘れ掛けている様々な事を率直なお気持ちで述べられていると感じたのだ。

是非、皆さんも、ご一読頂き、思考停止せぬ時代を、我々、自身の手で、どう再構築すればについて、考えて見ませんか?

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2008年6月13日 (金)

今のあなたの命の重さはどれくらいですか?「秋葉原歩行者天国無差別殺傷事件」について思慮する。この事件には間違いなく私にも責任がある。

2008年6月8日日曜日の午後、東京・秋葉原の歩行者天国は地獄絵図と化した。

加藤智大(ともひろ)容疑者(25)が引き起こしたこの事件で、7名の方の命が奪われてしまい、10名の方が負傷された。

私はその日、家族とテレビを見ていた。
読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」・・・
その日の「たかじんのそこまで言って委員会」では小林多喜二・著「蟹工船」が再び売れ始めており、現代社会のワーキングプアの若者たちが今の自身の境遇に置き換えて考え、共感を得始めているのではないかという事に関する討論が番組内で行われていた。
テレビ画面に「ニュース速報」のテロップが流れたタイミングがその討論の最中だったかどうかはよく覚えていないのだが、「ニュース速報」を見てすぐ、チャンネルをザッピングした。
しかし、NHKは呑気にエコ番組を続けているし、他のチャンネルも、同様、番組編成を変える事もなく、呑気な番組を垂れ流し続けている。
確かに各メディアもまだ事件の細かい背景は掴めていない時間ではあろう、それに翌日月曜日9日の新聞休刊を控え新聞社各社の動きも鈍い事は想像はついた。
しかし、日本の首都・東京、それも今、色んな意味で世界から注目されている秋葉原の日曜日の歩行者天国で、途轍もない凄惨な事件が発生しているのだ。
日本テレビ系列の関連会社社員のカメラマが、後に大スクープとなる犯人確保時の映像を撮っていたのに「たかじんのそこまで言って委員会」が終わったあとも、日テレ系列はどうでもいいようなお笑いエコ番組を垂れ流し続けている。
NHKもエコ特番優先、午後3時の定時ニュースを若干延長し、凄惨な現場のニュース映像を報じた。このまま緊急報道に切り換えるのかと思ったら、ニュースはすぐに終わり、再びこちらもどうでもいいエコ特番に戻った直後だった・・・
「Perfume」がステージに登場し、NHK環境・リサイクルキャンペーンソング「ポリリズム」を歌い始める・・・

「・・・くり返す、いつかみたいな・・・あの光景が、甦るの・・・」

上記の歌詞が聞こえた時、つい数分前に流れた凄惨な事件現場の映像とともに、まだ半分も終わっていない2008年に発生した数々の凄惨な事件の現場映像が思い浮かぶ・・・。

別に「Perfume」に罪はないが、ナントいう間の悪さだ。
この間の悪さは、この国自体の「体たらくと間の悪さ」そのものを象徴しているかのようであった。
この時、既にネット上の様々な掲示板やサイト、動画サイトをチェックすると、まだマスメディアが報じていない詳細な現場の情報が次々にアップされる。
事件発生から既に4日間が経過したが(2008年6月18日現在)、常にネットの方が先行し、マスメディアをそれを後追いするように今回の事件は報道が進行している。

4日間経過して、事件の背景の全貌が明らかになった訳ではないかが、今、私は下記のような気持になっている。

「私自身、業種は違えど、間違いなく、このような犯人を生み出した現代社会の歪んだ土壌を作っていく過程に身を置いた時期があった。その事を思うと、ひとりの人間として、このような事件を齎してしまった責任が自分にも間違いなくある。」

今回の事件の犯行に至るまでの経緯として、その背景には犯人本人のこれまでの生活環境や資質以外に、大きなトリガーとして、現代日本社会の抱える大きな闇の部分である派遣社員の雇用問題というのが間違いなく存在している。

加藤智大(ともひろ)容疑者が事件を引き起こしたのは「会社のせい、社会のせい、親のせい」と自供している事に関し、反省もせず、責任転嫁し、問題をすり替えるな・・・と多くの方々がお怒りを感じられるのは当然だとは思う。
しかし、今まで同じように、彼一人を断罪にして、切り捨てていのだろうかという大きな戸惑いを私は感じている。
もちろん最優先されるべきは被害者の方々(直接の被害者、ご遺族、並びにあの日あの現場で大きく心を傷つけられた方々も含む)のフォローである。
その上で、犯人が凶行に至るまでの経緯を警察だけでなく、社会全体で考えなければ、もうこのような事件への歯止めが利かないのではないかと感じるのだ。
今こそ、犯人の言葉に社会がもっと向かい合う必要があるのではないか。

私は、犯人が務めていたような製造業ではないが、80年代半ば、ある企業の正社員として採用され、まず、その中で仕事を行い派遣社員の現実を知る。
まったく同じ仕事と苦労をしているのに正社員と派遣社員の待遇はまったく違う。
これは公務員のキャリアとノンキャリの関係以上の差があると言ってもよいだろう。
公務員ならノンキャリでも賃金はある程度保証されているし、契約期間に縛られる事もない。でも、一般企業の派遣社員は本当に明日どうなるかなんて分からない。
それでも、まだ80年代は正社員も派遣社員も一緒に仕事をしている仲間意識も強く、会社は違えど、人材を育てて行くという人間的なフォローが出来る雰囲気は残っていた。

それが、いつの間にか能力実力主義、利潤追求主義、コスト重視主義に日本社会は大きく変わっていく。
企業側も派遣会社の教育は派遣会社自身でやってくれ、そして、安い単価で文句も言わず使える人間を送ってくれ・・・・こんな雰囲気にどんどん変わっていった。
私自身、90年代後半、大学を卒業して十数年務めた会社から転職し、同じ業種の別の会社の正社員になった。
私が別の会社で正社員になれたのも、最初の会社で正社員としていられた履歴のお陰というのが現実だったと思う。
もし、私がその十数年を派遣社員として働き続けていたなら、同じ仕事をやっていても、決してその会社に正社員として採用される事はなかったであろう。
そこで私は技術的な職務と同時にマネージャーとして数多くの派遣社員を管理する立場の職務に携わった。
様々な派遣会社から派遣されて来る人材を面接し、適切と思われる実動部門に配置する。
実動部門の正社員が「あいつは使えない」と言ってくれば、それらの人材は切る捨てるか、首を挿げ替る。
会社の人事部門は一切関わらず、自分の技術的な職務の合間に、日々、そんなドラスティックな仕事をこなしていく。
自分のの感情を押し殺さなければ出来ない仕事だった。
しかし、次第にある事に気付く、自分が切り捨てる筈の人々の多くが、その時点で既に大きな精神的ダメージを受けているのだ。
それはどちらかというと仕事の出来不出来の問題よりも、人間関係に疲弊したという感じなのだ。周りを諦め、自分を諦めている。
我々会社側の人間に抵抗するような気力さえ失っているのがほとんどだ。
彼らの受けているダメージは徐々に彼らに接する私にも蓄積していった。
そんな私を会社側は甘いといった。
傍目には誰もがうらやむような会社の正社員、給料もそりなりに頂戴出来る。しかし、正直、自分にこんな仕事がいつまで続けられるのだろうと思っていた。

私が過去にこのような雇用形態の制度に加担して、それらの制度を推し進めていった中に自分が居たという事実は変えようがない。

その後、派遣社員という制度は折からの規制緩和政策の中、本来、雇用形態を守り、もっと安全や安定性を確保しなくてはならなかった製造業にまで、認める形になってしまった。

そんな私も、家庭の事情で東京を離れざろう得なくなり、帰郷した。
帰郷した地方都市は東京のような煌びやかさはなく、酷く疲弊していた。
運よく地元企業の正社員になれたものの、その企業はほんの数年で倒産してしまった。
その後、なんとかこれまでの経験を生かして、食い繋いでいるものの、今や私もいつ切り捨てられてもおかしくない立場に追いやられてしまった。
因果応報なのかもしれない。だが、家族がいる限り耐え忍ぶしかない。

物も人も使い捨て、そうやってワーキングプアを生んで、自分たちで自分たちの首を真綿で絞め続けて来た。
今や、その真綿で、自分たちの首が千切れてしまうところまで来てしまっている。
自分を殺すだけでは済まず、他者を巻き込んでも構わないという考えを持ってしまう人間まで生んでしまった。

歩行者天国を規制しようが、ナイフを規制しようが、ネットを規制しようが、もうどうにもならないところまで来てしまった。

「今、あなたの「命の重さ」はどれくらいですか?」

時代や社会がこんな事になってしまい、自分の「命の重さ」を忘れてしまっているのが増えて来ているのではないか?
時代や社会に切り捨てられた人々は、自身の「命の重さ」さえ徐々に失っていくように感じてしまっているのではないか?
そうなってしまうと「人の命は地球より重い」と言われても、そんな言葉は虚しく響くだけで、自身の「命の価値」さえ見失っていく・・・。
そして、家族や周辺の人々の関係が希薄になればなるだけ、より内省的になり、自分自身を追い込んで行く。

それでも多くの人々は沸点スレスレのところで耐え凌いで、なんとか生き続けようともがく。

だが、その沸点を越えてしまった人間が既に幾人も現われてしまった。
沸点に至る過程で、徐々に自分の「命」など取るに足りない「軽いモノ」なのだと思い込んでしまう。
最悪、自殺という選択肢を選ぶ人もいる。もっと、最悪なのは、悪夢のような思い込みの「命の軽さ」。それが自分だけでなく他の人々の「命」まで軽んじてしまう。
他人の「命の重さ」など想像すら出来なくなってしまう。
そして、予想だにしない「何か」がトリガーとなって暴発してしまう。

今回の事件で唯一の救いであった筈の、あの死傷者の方々の命を救おうと懸命に努力された市井の勇気ある人々・・・
なんと17名の死傷者の中にB型肝炎の方がいらして、市井の勇気ある人々にまでB型肝炎が感染する恐れがあるという、信じられない事態にまで陥ってしまった。
死傷者の方がどうやってB型肝炎に感染したかは分からないが、もし、その方が薬害での感染で今まで気付かずにいたとしたら・・・何とおぞましい事であろう。
この国の残り少ない善意までも消してしまう、悪魔のような連鎖でない事をただ祈るばかりだ。

この事件は今の日本という国家の縮図・・・。
あの犯人を断罪で切り捨てるだけでは、もう、何も解決しない。
我々、誰もが今回の事件の被害者に成り得たし、また、同時に間接的な加害者になっているかもしれないという事を忘れてはならいと思う。
もう、他人事ではない。
私たちは立ち止まり、本当に何もかも一からやり直す気持ちで全ての事に取り掛からないと、また取り返しのつかない事を引き起こす人間を生み出してしまうだろう。

最後に・・・
加藤智大(ともひろ)容疑者は携帯サイトの掲示板というごく限られた世界で、アラートを出し続けていたの皆さんご存じの通りだが・・・。
「【友達できない】不細工に人権無し【彼女できない】」・・・というタイトルで下記リンクの携帯サイト(PCからはアクセス不可)に2008年5月19日18:54から書き込みを開始し、事件直前の2008年6月8日12:10まで書き込みを行っていた。

http://megaview.jp/topic.php?&v=774218&vs=0&t=23930196&ts=0&m=n&lmx=3000

全文ではないが、犯人が事件を起こす3日前の2008年6月5日から事件直前までの書き込みだけでも読んで頂きたい。
自己中心的ではあるが、どこかで人と繋がりを持ちたいという気持ちも垣間見れる。多くの人とすれ違っているのに、圧倒的な孤独。
たったひとりでこんな虚しい文章を残し、7名もの「大切な命」を奪ってしまった犯人に怒りを覚えるであろう。
それでもこれを知る事はこのような事件を二度と起こさないようにするために、絶対に必要であると私は思う。

06/05 12:05
「誰でもよかった」
なんかわかる気がする

06/05 12:07
バイクか
欲しいけど買えないもんな

06/05 12:32
東京の道路って面倒くさい

06/05 12:33
トラックで行くのは無謀かもしれん

06/06 01:44
あ、住所不定無職になったのか
ますます絶望的だ

06/06 02:48
やりたいこと…殺人
夢…ワイドショー独占

06/06 02:54
工場で大暴れした
被害が人とか商品じゃなくてよかったね

06/06 02:55
それでも、人が足りないから来いと電話がくる
俺が必要だから、じゃなくて、人が足りないから
誰が行くかよ

06/06 02:55
誰でもできる簡単な仕事だよ

06/06 03:00
また別の派遣でどっかの工場に行ったって、半年もすればまたこうなるのは明らか

06/06 03:04
あ、もしかしてこのスレとかも晒されるのかしら

06/06 03:05
ブログとか当たり前のように晒される時代だし

06/06 03:07
仕事に行けっていうなら行ってやる
流れてくる商品全部破壊してやる

06/06 03:09
彼女がいれば、仕事を辞めることも、車を無くすことも、夜逃げすることも、携帯依存になることもな
かった
希望がある奴にはわかるまい

06/06 03:10
で、また俺は人のせいにしてると言われるのか

06/06 03:10
悪いのは全部俺

06/06 03:10
いつも悪いのは全部俺

06/06 03:11
いつも悪いのは全部俺だけ

06/06 03:11
別にいいけど
実際全部俺が悪いんだろうし

06/06 05:04
出勤時間になると目がさめてしまう
もう行かないんだから寝かせてくれ

06/06 05:07
下っ腹がきゅーきゅーいってる

06/06 05:53
電話うぜえ
なんかあったらこっちからかけるっつーの

06/06 05:54
とりあえず、マナーにすれば鳴らないか

06/06 06:04
会社に持たされてり携帯電話だから、電話代も関係ないんだろうし

06/06 06:17
自腹の携帯なら取って放置してやるのに

06/06 06:24
2ちゃんねる、書こうとしたらエラーだし
肝心な時に使えないのね

06/06 06:41
とりあえず出発しよう

06/06 07:06
飛び込み自殺で東海道線がとまりました
何もかもが私の邪魔をします

06/06 07:08
旅慣れた私には大した障害ではない

06/06 07:15
どうにか新幹線駅まで行ければ

06/06 07:55
動きやしない

06/06 07:59
タクシーのが早かったかも

06/06 08:10
三島まで出れた

06/06 08:15
0826のこだまに乗れる
名古屋に1016着予定で、乗り換え5分でひかりに

06/06 08:23
平日の昼間からふらふらしてる俺ってなんなんだろね

06/06 08:32
静岡って横に長すぎ

06/06 08:58
静岡でひかりに乗り換えればよかったかも
結局名古屋で乗り換えだけど、乗り換えに余裕ができた

06/06 09:11
まだ一時間以上あるよ
各停の新幹線ってだるい

06/06 09:18
何回抜かれたかわからん

06/06 09:28
乗り換えを試みてみる
名古屋を通過する新幹線は無いだろ

06/06 09:37
降り損ねたら岡山まで行ってしまう
これはまずい

06/06 09:46
こっちまで電車で来たのは、トヨタの期間工に応募して落ちたとき以来だ

06/06 09:49
独り旅なんかしてるのは俺だけだろうな

06/06 10:07
やっと名古屋
余裕で乗り換えできる
トイレも行ける

06/06 10:14
新幹線ホームってトイレ無いんだ
ひどい

06/06 10:18
暑い
ジャケット要らなかったな

06/06 10:31
岐阜羽島とか、誰も乗り降りしないだろ
無駄な駅だな

06/06 10:32
3番ホームとか線路錆びてるし

06/06 10:35
名古屋からはすぐなんだね
米原で乗り換えだ

06/06 10:37
長良川超えた
堤防でいちゃついてるカップル、流されて死ねばいいのに

06/06 10:40
関ヶ原を一瞬で通過
よくわからなかった

06/06 10:47
琵琶湖だ琵琶湖

06/06 10:57
特急、コンセントついてるなら充電器もってくればよかった

06/06 11:01
新幹線降りたら、特急が遅く感じる

06/06 11:01
福井に向かってみる

06/06 11:04
移動してるからかな
あっというまに電池がなくなる

06/06 11:14
買い物
通販だと遅いから福井まででてきた

06/06 11:42
やばい田舎を走ってるんだが

06/06 11:46
雨だ
予定外
予報、見ればよかった

06/06 13:09
買い物終了
たったこれだけのために往復2万とか、バカじゃないですよ

06/06 13:25
一人で回転寿司
おいしいよ

06/06 13:37
さて、帰ろう

06/06 13:48
タクシーが居ない

06/06 14:10
車持ってない奴は来んなってことかよ

06/06 14:39
店員さん、いい人だった

06/06 14:42
人間と話すのって、いいね

06/06 14:43
タクシーのおっちゃんともお話した

06/06 15:32
米原で乗り換え
1500キロくらい移動してるのかな

06/06 15:52
ナウシカに間に合うかしら

06/06 15:58
上下線同時発車とか、かっこいいじゃないか

06/06 16:10
だから岐阜とか止まらんでいいから
京都まで行ってのぞみに乗ればよかった

06/06 16:53
在来線でいうとこの快速なのかな
それなりに速いや

06/06 17:01
浜名湖だ浜名湖

06/06 17:06
こだまは抜くけどのぞみに抜かれるのな

06/06 17:59
三島ついた

06/06 19:27
またコンビニか

06/06 19:27
帰ってくると現実に引き戻される気がして嫌だ

06/06 20:30
うん
長旅だった

06/06 20:49
ナイフを5本買ってきました

06/06 20:51
とりあえず、投げてみよう

06/06 21:02
こんなもんか

06/07 02:13
喉がいたい

06/07 06:37
さあ出かけよう

06/07 06:43
今日は電車がとまりませんように

06/07 06:51
忘れ物
肝心なものを忘れるとこだた

06/07 07:21
今日は荷物が重いからしんどい

06/07 08:01
この駅に、もう何回来ただろう

06/07 08:03
今日は秋葉原
お金をつくりに行く

06/07 08:07
最低6万円は欲しいな

06/07 08:22
特急が止まる駅を快速が通過していく不思議

06/07 09:14
隣の椅子が開いてるのに座らなかった女の人が、2つ隣が開いたら座った
さすが、嫌われ者の俺だ

06/07 09:19
そういうことされると、殺したくなる

06/07 09:23
離れたとこに行って立ってる
そこまでして避けるのかよ

06/07 09:34
快速に乗り換えようかと思ったけど、混みすぎ

06/07 09:35
普通で座ってる方がいい

06/07 09:35
どうせ俺のまわりには誰もこないし、快適

06/07 09:53
大船から乗り換えれば速いのかしら
わからん

06/07 09:56
川崎で乗り換えればいいのか
不細工な俺には、こんな乗り換えは難しいすぎる

06/07 10:00
また充電器忘れた

06/07 10:10
横浜
なんでこんなに人がいるの

06/07 10:45
秋葉原ついた

06/07 11:14
買取32000は舐めてるだろ

06/07 11:34
最低70000だ

06/07 11:41
定価より高く売れるソフトもあった
さすが秋葉原

06/07 12:15
50000はないだろ

06/07 13:14
レンタカーに空きがなかった
トラックじゃ仕方ないかも

06/07 13:16
車が無いとお話にならないんだが

06/07 13:23
あまり軽いのだと困るし

06/07 13:43
さあ帰ろう
電車に乗るのもこれが最後だ

06/07 13:50
直接行ってみよう
大きいのが無かったら普通のでいいや
できれば4tが良かったんだけど

06/07 14:07
祭りでもあるのか、あったのか
浮かれた奴らがいっぱいだ

06/07 14:34
小田原に着いた
寝てる間に車内販売が行ってしまった

06/07 15:35
大きい車を借りるにはクレジットカードが要るようです
どうせ俺は社会的信用無しですよ

06/07 16:01
小さいころから「いい子」を演じさせられてたし、騙すのには慣れてる
悪いね、店員さん

06/07 16:03
無事借りれた
準備完了だ

06/07 16:04
何かしようと思ったけど、なにもしたくないや

06/07 16:36
久しぶりにゲーセン来た
半年以上きてなかったかな

06/07 16:36
つまんないや

06/07 18:02
頭痛が痛い

06/07 18:03
致命的に痛い

06/07 18:04
とりあえず、収まってるうちに帰る

06/07 18:06
走ったら痛い

06/07 19:11
無事帰れた

06/07 19:36
「死ぬ気になればなんでもできるだろ」
死ぬ気にならなくてもなんでもできちゃう人のセリフですね

06/07 20:34
もっと高揚するかと思ったら、意外に冷静な自分にびっくりしてる

06/07 20:53
体調が悪いのが気がかり

06/07 20:53
中止はしない、したくない

06/07 21:10
呼吸するたびに頭が痛む

06/08 02:59
お前たちの力は借りない

06/08 03:01
くだらん輩が多い

06/08 05:21
秋葉原で人を殺します
車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います
みんなさようなら

06/08 05:21
ねむい

06/08 05:34
頭痛が治らなかった

06/08 05:35
しかも、予報が雨
最悪

06/08 05:44
途中で捕まるのが一番しょぼいパターンかな

06/08 06:00
俺が騙されてるんじゃない
俺が騙してるのか

06/08 06:02
いい人を演じるのには慣れてる
みんな簡単に騙される

06/08 06:03
大人には評判の良い子だった
大人には

06/08 06:03
友達は、できないよね

06/08 06:04
ほんの数人、こんな俺に長いことつきあってくれてた奴らがいる

06/08 06:05
全員一斉送信でメールをくれる
そのメンバーの中にまだ入っていることが少し嬉しかった

06/08 06:10
使う予定の道路が封鎖中とか
やっぱり、全てが俺の邪魔をする

06/08 06:31
時間だ
出かけよう

06/08 06:39
頭痛との闘いになりそうだ

06/08 06:49
雨とも

06/08 06:50
時間とも

06/08 06:53
(筆者注:(^ロ^)の顔絵文字と親指を下に向けた絵文字が記載されている)

06/08 07:12
一本早い電車に乗れてしまった

06/08 07:16
18げと

06/08 07:24
30分余ってるぜ

06/08 07:30
これは酷い雨
全部完璧に準備したのに

06/08 07:47
まあいいや
規模が小さくても、雨天決行

06/08 09:41
晴れればいいな

06/08 09:48
神奈川入って休憩
いまのとこ順調かな

06/08 10:53
酷い渋滞
時間までに着くかしら

06/08 11:07
渋谷ひどい

06/08 11:17
こっちは晴れてるね

06/08 11:45
秋葉原ついた

06/08 11:45
今日は歩行者天国の日だよね?

06/08 12:10
時間です

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2008年4月22日 (火)

光市母子殺害事件・・・差し戻し審「死刑判決」に対し、被害者遺族・本村洋氏が記者会見で述べられた事と、これから私達が考えるべき事。

2008年4月22日火曜日、光市母子殺害事件の差し戻し審において、判決公判が行われ「死刑」という判決が下された。
司法関係者やマスメディア、多くの国民が「死刑」という極刑に対し、大きく揺らぎ続ける中、唯一、冷静、沈着であったのが被害女性の夫であり、被害女児の父であった本村洋氏であった。

「光市母子殺害事件」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E6%9D%91%E6%B4%8B

「死刑判決」が下された後の記者会見での本村洋氏のおっしゃった言葉はこれから裁判員制度に取り組まなくてはならない司法関係者と我々、日本国国民にとって本当に重たく、大切な言葉となった。

本村洋氏は記者会見でこうおっしゃった・・・
「おのれが犯した罪を後悔して、社会が正義を再認識し、そして司法が威厳さを保つ事で、民主主義である法治国家は維持されるものであると考えておりますので、そういった判決が出た事を心から感謝しております。」

その後、被害者の墓前への報告をどうするかについて述べられた後、記者から出た「本村氏ご自身が極刑を求めて来た事についてどう思っているのか?」という問い掛けに対し、こうおっしゃった・・・。

「決して喜ばしい事ではないと思っておりますので、厳粛な気持ちでこの裁判所の判決を受け止めています。遺族としては当然、応報感情を満たされた訳ですから、報われる思いはありますが、ただ社会にとってみれば妻と娘、そして被告の3人の命が奪われる結果となった訳です。これは明らかに社会にとっては不利益な事です。私はこの事件に遭ってから、色々と考えておりますけども、やはり刑法というものは社会秩序を維持するための目的を達するための手段だと思ってます。今回、死刑という大変重い判決が下されましたが、それで終わるのでは無くて、私達遺族もこの重い判決を受けたこれからの人生をまっとうに生きて行かなくてはいけないと思いますし、社会の皆様にもどうか・・・どうすれば犯罪の被害者も加害者も生まない社会を作るのか、どうすればこういった死刑という残酷な判決を下さなくていい社会が出来るのかという事を考える契機にならなければ、私の妻と娘も、そして被告人も犬死だと思っています。ですので、死刑の存廃等の問題が騒がれるようになるかもしれませんけれでも、刑罰はどうすれば私達社会が安全で平和なこういった環境を作れるか、という事を考える契機にしなければいけないと思いますので、是非そういった考えに社会が向いている事を願います。」

本村洋氏はご自身が結果的に「死刑」という極刑を遺族として望まなければならないような、これまでの司法や裁判、社会そのものの在り方について、また、尚且つ、「死刑」によって奪われるかもしれない被告の命のついてまで触れられて会見をされた。

事件発生からこの差し戻し審の「死刑判決」まで9年間という途方もない時間、本村洋氏とご遺族の方々はご苦労されていらっしゃった。

被告側弁護団は裁判の結果を終えて、裁判の中で新たに提示した証拠が採用されず、妥当な判決ではないとし、控訴すると当日、午後2時過ぎからの会見で述べていた。

私自身は「死刑」制度そのものは本当は無くなれば良いと思っている。
だが、現在の日本の司法制度においては「無期懲役」以上の極刑を望もうとすると「死刑」しかない。
「もし、自分の家族が誰かに手を掛けられて殺害されたら極刑を望まず、あなたは許せるのか?」
・・・と、問われたら・・・
「その時にならないと分からない」
・・・としか、今の私には答えらない。いや、ひょっとしたら、法廷であろうと、感情に負けて、被告に向かって走って行くかもしれない。

しかし、現行の司法制度での「無期懲役」と「死刑」ではあまりにも差が大きすぎやしないか?
「無期懲役」なら罪を反省した態度を示し、刑に服せば、若年程、若くして実質的に仮出所が可能となる。
しかし、「死刑」判決を受け、「確定死刑囚」となると、後の人生は全て死刑執行を待つ日々となる。そして、時の法務大臣の意思(その意思が政治的利用される場合さえあるかもしれない)によって、「確定死刑囚」が罪への反省や後悔などのあったかのかもどうかも分らず、刑は事務手続きのように執行され、その実情を社会はほとんど知る事が出来ない。
一方、過去の古い事件で古く忌まわしい慣例の羅列で結審して「確定死刑囚」となった者たちへの刑の執行は延々と先延ばしにされて、結局、真実は何一つ明らかにならないまま獄中死した「確定死刑囚」もいる。
「死刑」って一体、なんなのだろう?

もし、今回の光市母子殺害事件においても、被告人が深く反省し、遺族に対し、誠心誠意を込めた謝罪と更生への強い意志を見せていれば、本村洋氏も「死刑」という極刑は望まなかったのではないか?
4月22日火曜日の本村洋氏の会見は明らかにそれを示唆していた。
もちろん、本当の真実は、もう二度と話す事の出来ない悲しくも殺害されてしまった被害者母子のお二人と被告人の3人しか知らないのであるが、今回の差し戻し審で被告人とその弁護団が提示したモノは、被告人の不幸な生い立ちによって被告人自身の人格形成に何らかの影響を与えた事を差し引いて考えても、あまりにも荒唐無稽ではなかったか、そして、そこには人権派弁護士として名を売って来た安田好弘氏を中心とした弁護団がこの光市母子殺害事件を「死刑廃止」へ向けてのひとつの試金石として本当に利用しなかったと言えるのか、その点に関しては、多くの人々が違和感を感じたに違いない。
そして、弁護団が控訴する事で被告人の罪に対する意識はいつまでも曖昧となり、本村洋氏はまた、無意味な戦いを強いられる。
被害者と被害者遺族をこれ程、苦しめて尚、裁判が終わらない。
被告人が起こした犯罪に対し、「無期懲役」と「死刑」という適用すべきどちらかの刑のバランスがあまりにも乖離しているかこのような事態が生じるのではないか?

だからこそ、今回の「死刑判決」を受けての被害者遺族・本村洋氏が会見でおっしゃった言葉の意味を本当に私達は熟慮しなくてはならないと思う。

ここで一冊の本をご紹介しておきたい。
森達也・著
「死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う」
http://www.amazon.co.jp/dp/4255004129/

ドキュメンタリー作家である森達也はこの著作の冒頭で、イラク元大統領サダム・フセインの死刑執行の映像の話題から始め、ある弁護士事務所での2006年12月28日忘年会のシーンを記述している。そこには光市母子殺害事件を担当した安田好弘弁護士や死刑廃止を推進する市民団体「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」事務局の人々など、多くの「死刑制度」を無くすために働いて来た関係者が居る。その忘年会に参加した森達也は「死刑」関する本を書こうと考えているのだが、「結果として死刑廃止を主張する本になるかはわからない」と「フォーラム90」事務局の女性との会話で話している。
そして、森達也は「死刑」について様々な観点から取材を重ねるのだが、「死刑」という名の「暗くて深い迷宮」に取り込まれて行く・・・。
死刑を執行する刑務官の苦悩や、肯定論者、否定論者の様々な意見、「確定死刑囚」の実情、彼れらの罪を悔い改めようと努力している教誨師・・・等々・・・
この本の最後は光市母子殺害事件・被害者遺族・本村洋氏から森達也に宛てられたメールと、元オウム真理教幹部で男性信者殺害事件、坂本弁護士一家殺害事件での罪を問われ「確定死刑囚」となった岡崎一郎からの手紙を記載し、森達也は自分なりの結論を出す。だが、森達也もそれはあくまでも、「暗くて深い迷宮」を自分なりの取材を通じて出した個人的な結論でしかなく、他人には共有出来ないもかもしれないものであるという事をはっきりと述べている。
そして、この本を読んでこれた人々に対し、「暗くて深い迷宮」について思慮深くなって欲しいと森達也は望む。

光市母子殺害事件の差し戻し審判決確定の約1ヶ月前、2008年3月24日、42年前に発生し、長年、冤罪事件ではないかと報じられ続けられた袴田事件の特別抗告を棄却する決定が最高裁によってなされた。
第1審の静岡地裁で死刑判決を告げた裁判官は後に袴田事件は冤罪の可能性が高いと考え、彼は裁判官を辞め被告人の再審のための運動をずっと続けていた。
袴田死刑囚は1980年12月12日最高裁の判決訂正申立棄却決定送達によって確定死刑囚となって既に28年近くになる。
袴田死刑囚本人は一審の第1回公判から起訴事実を全面否認し、一貫して無実を主張し続けていたが、30歳で逮捕されて以来40年以上にわたって拘束され、今は高齢となってしまい死刑確定後は長期に渡る拘禁で精神的に異常も来し、事件や再審に関してのコミュニケーションさえ取れない状態になっている。
裁判の過程で明らかにされた事件そのものも、袴田死刑囚の自白の信用性、検察が主張する物的証拠を袴田死刑囚のものであると認めた裁判所の判断は強引としか言えず、「疑わしきは被告人の利益に」という司法の本来あるべき姿はこの裁判においては微塵も感じられない。
この司法の危うさを社会が感じている限り、これまでがそうであったように時の法務大臣は袴田死刑囚の刑の執行へのサインを行う事は出来ないであろう。

「袴田事件」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A2%B4%E7%94%B0%E4%BA%8B%E4%BB%B6

光市母子殺人事件の差し戻し審判決では、俗に言う「永山基準」が大きく見直される結果とはなったのだが、そもそも、個別の事件は事情や背景を含め、それぞれの判断がなされるべきであって、これまで慣例として「永山基準」なるものが適用されて来たこと自体、司法の怠慢でしかない。

「永山則夫連続射殺事件」&「永山基準」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%B1%B1%E5%89%87%E5%A4%AB%E9%80%A3%E7%B6%9A%E5%B0%84%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

そして、既にメディアが今後「永山基準」が「光市母子殺人事件基準」に置き換わるのではと報じているが、決してそうであってはならないと思う。
裁判員制度が施行されてのち、「光市母子殺人事件基準」が適用されるようになってしまうのは司法の怠惰から国民の怠惰となってしまう事を肝に銘じるべきではないか?
「死刑」という極刑を今後どうするのかという事も含め、私達はこの国の司法を今一度、考える必要があるのではないか?

そのひとつの道筋を照らしてくれたのが、光市母子殺害事件被害者遺族・本村洋氏が記者会見で述べられた事であるのだが、多くの人々がその事に気付き、思慮深くなる事が最も重要な事ではないかと思う。
犠牲となった命を受け継いでいくのは、生きている我々でしかないのだから。

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2008年4月18日 (金)

長野・善光寺の北京五輪聖火リレーのスタート地点辞退という正常な判断。

北京五輪の聖火リレーがチベット人権問題で既に見苦しい汚火リレーとなっているのは、皆さんご承知の事でしょうが、4月26日にその汚火リレーは日本の長野からスタートする事になっている。
そのスタート地点とされていたのが、長野・善光寺であるが・・・
4月18日金曜日、善光寺側が正式に長野市に辞退を申し入れ、長野市もこれを受け入れた。

先進国各国が中国への抗議や抗議意思を議決を行うような最中、4月17日には日本国政府の高村外相は来日した中国の楊外相に正式な抗議も行わず(行えず)、まったく意味のない会談に終始し(毒ギョーザもどうした?)、最後は握手まで交わすという愚かさを世界中に曝してしまった直後、だっただけに、善光寺側の明確な辞退という意思表示は評価されるであろう。
同じ仏教者であるチベットの多くの僧侶や方々が中国政府によって大きな弾圧を受けているのだから、当然と言えば当然なのだが。

また、汚火リレーのコカコーラや日本サムソンなどのスポンサーも当初、リレーに宣伝カーを走らせる予定だったが、取り止めを決めている。
ただ、残念なのは北京オリンピックに出場する水泳の北島康介選手や野球日本代表星野仙一監督はスポンサーの意向そのままに走らされてしまうという事だ。
本来、政治問題に関係なくオリンピックを目指し、これまで頑張ってこられた選手やコーチ・監督などにはまったく罪はないのだが、今回の事は単なる政治問題ではなく、もっと根本的な人間の尊厳に関わる問題だと私は思っている。
既にまったく意味を無くした汚火リレーを走らされてしまうという現実によって、尊敬すべき選手やコーチ・監督までも汚されてしまう気がして、何とも口惜しい気がしてならないの私だけであろうか。

長野のみなさん、もしくは沿道で汚火リレーをご覧になろうと思っていたみなさんの中で、今回、チベットの人権問題で中国に抗議しようという意思をお持ちの方々いらっしゃいましたら、下の「ガンデンポタン(チベット亡命政府)の旗」の画

像をどうぞ、ご自由にお使い下さい!

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「チベット」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88

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2008年4月16日 (水)

「後期高齢者医療制度」・・・この国のバカにつける薬を考えようではないか!

「後期高齢者医療制度」が実施され、2008年4月15日に年金から「特別徴収」という名の強制ボッタクリも始まった。
この法案自体は2年前に通過し、バカのひとつ覚えのように実施されてしまった。
国や厚生省は「後期高齢者医療制度」についての国民への説明を怠り、尚且つ、もう滅茶苦茶になっている国民年金の台帳をベースにその支払う保険額を決めるのという信じられない事をやっている。

昨日、多くのご老人たちがぼったくりに遭い大混乱していた様子はニュースに報じられた通りだが、私の地元でも不思議な事が起こっている。

私の父も75歳を越えて「後期高齢者医療制度」の対象となっている。
3月にこれまでの「老人保健制度」に変わる「後期高齢者医療制度」用の保険証が送られて来たのだが、サイズはキャッシュカードサイズでペラペラの紙なのだ。
記載されている文字は意地悪としか思えない程、小さく、40代半ばの私でさえ文字が読み辛いような代物だ。
(但し、これは自治体によってサイズも様式も違うらしいので、ご注意を!)

この「後期高齢者医療制度」用の保険証と一緒にこの制度の説明がなされているペラペラの用紙も入っていたのだが、これを読んでもさっぱり「後期高齢者医療制度」が何なのか分からない。
保険額の計算式は確かに記載されているのだが、じゃぁ、その人が実際、保険額を年額いくら支払えばよいのか全然分からないのだ。
私の父は自分がいくら支払うべきなのかも具体的に通知されていないのに、4月15日に強制的にボッタクリにあったら、役所に「怒鳴り込んでやる!」と前日から意気込んでいた。
ところが、ボッタクリ(年金からの強制的な天引き)がまったく、行われていないのだ・・・。
父は間違いなく「後期高齢者医療制度」の対象者で、それなりの金額を支払わなければならないのだが1円も天引きされていなかった。
地元の自治体に問い合わせると、一部天引きを見合わせていると言うのだが、その理由もまたさっぱり分からない。
私が代わって理由を聞いても、口ごもり、まったく要領を得られない。だが、「天引きはそのうち行う」と言う、「じゃぁ、いつから天引きを行うのか?」問うと、「まだ分からない」と言う。

もう滅茶苦茶だ。

「後期高齢者医療制度の概要」pdf形式
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/dl/s1005-4c.pdf

「後期高齢者医療制度の概要」HTMLバージョン
http://209.85.175.104/search?q=cache:6h4GH5Ot9I4J:www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/dl/s1005-4c.pdf+%E5%BE%8C%E6%9C%9F%E9%AB%98%E9%BD%A2%E8%80%85%E5%8C%BB%E7%99%82%E5%88%B6%E5%BA%A6&hl=ja&ct=clnk&cd=2&gl=jp

    ↑
上記の「後期高齢者医療制度の概要」を見て頂きたい・・・。
これを75歳過ぎたお年寄りに理解しろと言うのか・・・。
この国のバカ役人とバカ政府は説明不足は認めているが、最終的には自分が支払うべき保険額は人によって違うので、それぞれで計算しろと言っているのだ。

このブログで再三言ったが・・・
『ノー・カントリー・フオー・オールド・メン(No Counttry for Old Men)』
(年寄りには住みにくい国)

この現状が、日々一刻、信じられない勢いでと加速している。

まだ、ある。

私は10年以上ある病気を患っており、2008年3月まで2週間おきにかなりの量の薬をもらい投与している。
3月下旬、通院している病院からこう言われた。
「医療制度の改正で、4月から、毎回先生の診察を受けなければお薬が出せなくなります。但し、これまで2週間分しか出せなかったお薬が4週間分出せるようになります。大変ご不便をお掛けしますが、ご理解願います。」

これまで、病気の症状が普段もらっている薬で安定している際は(もちろん3か月に1度の診察は受けていた)、ほとんど処方箋を書いて頂く事で、私は無駄な待ち時間も無く、処方箋を出してもらい、それを近くの薬局に行って薬を頂いていた。
時間にして約10分で済んでいた。
これが、今後は1か月に1回とは言え、事前に診察の予約を入れ(それでも患者数が多いので長い時間待たされる)、診察を受けなければならなくなった。
尚且つ、病院から処方箋を頂くだけの際は、560円(国民健康保険適用)で済んでいたのが、今後は必ず診察が入るので1500円以上の金額(国民健康保険適用)が、請求されるのだ。
2週間が4週間になっったとは言え、医療費が負担額が大きく増す事になる。

ところが、これだけではなかった。

4月10日に病院で診察を受け、処方箋を頂き、それを薬局に持って行った時の事だ・・・。
私はこれまで、担当医の承諾を得て、薬を調整しながら飲みやすいように、8個+1包(合計9つ)もらっていた薬を、3つに分封してもらっていた。
ところが、これまでのその分封を行うと4月1日より薬局は「技術料」を患者から請求しなくてはならなくなったっと言うのだ。
法令なので、薬局も「技術料」を徴収せぞろう得ないのだという。
そのまた訳の分からない法令が何の説明もなく実施された事に、かなりムカついたが、しかし、全部バラでもらってしまうと、数も多く、それこそバラけてしまうと混乱しそうだと思ったので、「これまで通りの分封でお願いします。」と私は言った。
「技術料」と言ってもたかだか数十円程度だろう・・・バカバカしいが我慢するしかないか・・・と諦めた。
ところが、薬局の薬剤師の方が、申し訳なさそうに私に言った・・・。

薬剤師「あのぅ・・・そのぅ・・・実は「技術料」は数百円になるんですが・・・ご負担が大きくなりますよ・・・」
私「えっ?「技術料」の数百円っていくらなんですか?」
薬剤師「分封の方法によって金額が変わりますが、今まで通りでも数百円としか・・・ほんとに大変なご負担増になりますので、バラの方がよろしいかと・・・・」
私「薬の数が多いので、バラだと大変なんですよ。今までの3分封だといくら何ですか?」
薬剤師「正確な金額は「技術料」として登録しないと分からないので、暫くお時間も掛かかるんですが・・・」

その薬局には普段4,5人の薬剤師と2人の事務員がいるのだが、様子が何だかおかしい・・・。
明らかに、薬局自体が「技術料」を患者から徴収するのを嫌がっているとしか思えないのだ。

おかしな雰囲気の中、私は薬局の中の貼紙に気が付いた。
『ジェネリック医薬品をご希望の方は薬局にご相談ください』

私「あのー? 今、出して頂いている薬で『ジェネリック医薬品』に変更して、コストを抑える事は可能ですか?」

今度は私が『ジェネリック医薬品』という言葉を出したとたん、皆さんの表情があからさまに「嫌そうな表情」に変わった。

薬剤師「××さんの飲んでいらっしゃるお薬の中だと、1つだけ『ジェネリック医薬品』に変更可能ですが、次回の診察の時、先生にご相談ください」
私「あそこに貼紙がしてありますよね。薬局にご相談下さいって書いてありますけど・・・』
薬剤師「そうですが、担当の先生にまず相談して頂かないと・・・」

その口調は、まるで『先生に相談しても嫌がられますよ』といった雰囲気だ。

もう、訳が分からない。
結局、薬は全部バラでもらったと言うよりは・・・渡された。

薬局で私の傍にいらした70歳前後のご婦人から去り際に話しかけられた。

「何でもかんでもお金が掛ってしもうて、もう年寄りは、早よポックリと逝かんば、生きられんですばい・・・」

『ノー・カントリー・フオー・オールド・メン(No Counttry for Old Men)』という言葉が頭に浮かんだ。
だが、その午ご高齢のご婦人になんて自分が答えたのかをよく憶えていない。

バカなのは役人や政府だけじゃない。
我々、一般市民も思考停止してしまい、これまで本当にバカだったのだ。

もう、この『偽装詐欺国家』」にいつまでも騙されていたは我々は生きていけなくなる。
60年代安保闘争どころではない、いまこそ、国民は決起して怒りをぶちまけようではないか!
この国のバカ(自分たちも含む)につける薬を真剣に考えようではないか!
暴動や暴力ではなく、国民の誇りと意志をもって、この国を変えようではないか!

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2007年10月27日 (土)

亀田興毅の謝罪の意志は伝わった。本当に問題なのはメディアだよ。

2007年10月26日金曜日、亀田興毅が謝罪会見を行った。
私もこの一連の騒動がどう収拾していくのかを見るためワイドショーの中継を
仕事の手を止めて観た。
この会見次第で、日本という国ににおいて今後ボクシングというスポーツが
これからどこに向かうのか・・・その将来を大きく左右する会見になると思った
からだ。

まず父親の史郎氏が謝罪会見に現れなかった事について・・・。
予想はしていた事だが、亀田興毅が現れる前に既に会見を開始していた協栄ジム
の会長金平氏が、本日は史郎氏が会見に現れないという発言に対し、私も初めは
不快に感じた。
自分の責任の尻拭いを我が子にさせるのかと・・・。
多分、それは正論なのだが、実際に現れた亀田興毅の謝罪会見の様子を見て、
あのおやじが会見に姿を見せなかったことは正解だっという気がする。
仮に今回の騒動を今に至ってやっと深刻に受け止めていたとしても、これまでの
彼の言動や態度からすると、間違い無くメディアの挑発を受け、また収拾が付か
ない事になってしまっただろう。
興毅自身が会見で言った通り、あのおやじでは謝罪会見には対処できなかったと
思う。
メディアにとっては史郎氏が出て来てまた納得のいかない謝罪が行えば、また
数多のメシの種が出来て、大衆を煽るワイドショーや三文記事が沢山作れて、
金になったのかもしれないが・・・。

かなり憔悴しきった亀田興毅が行った謝罪については、今の彼に出来る精一杯の
表現だったと思うし(口調がああなってしまうのはもう体に染みついてしまって
いるから暫くは仕方ないだろう)、本人が自立して一からやり直すと言っている
のだから、もういいと思う。
強いて言えば過去の態度や言動についての反省も欲しかったが、今の気持ちを
忘れず精進すれば、これからの行動で示していける筈。

考えてみれば、成人したとは言え、亀田興毅はまだ20歳の青年だ・・・。
それも、これまでの人生をメディアに持ち上げられ、社会性もほとんど学べずに
祭り上げられて、その挙句、どん底まで落ちて落とされた。
社会規範から逸脱してしまった責任は大きいが、もっと責任が重いのは彼らを
そういう風に仕立てて行った連中だ。
亀田興毅は素晴らしいスタミナと尋常ではないトレーニングに耐えうる才能が
あるのだし、ボクシングを愛しているのならもう一度どん底から這い上がって
来れるだろう。
謝罪会見での涙目で語った父と弟を庇う様な発言は反省とは別の彼なりの家族を
気遣うやさしさなのだと思う。

そう、亀田家の原点は決して裕福ではなくとも、家族の絆で一つの事に向かって
頑張る姿にあった筈なのだ。
親子関係が希薄となった現代において彼らがメディアに現れ始めた時、多くの人が
そこにシンパシーを感じたのではなかったか。
多くの大人たちが責任を取らない中で、少なくとも亀田興毅は自らの責任を取った。
そして、これまでの過ちを糧にし、前を向いて歩き始めるという強い意志が私には
感じられた。

実際に世界戦で反則を行った大毅については精神的ダメージから立ち上がるには
時間が掛かるだろうが、ボクシングのトレーニングを開始させる前に再度、正式に
謝罪させると金平会長も明言したので、しばらくは休んで自分のこれから進む道を
考えれば良いと思う。

また今回の対応で協栄ジムの金平会長も最終的には腹を括ったという姿勢が感じ
られた。
確かにこれまで協栄ジム側も亀田家は金になると思っていた事があるのは間違い
ないのだが、亀田家と彼らを金づるにしていた連中とTBSという巨大なスポンサー
が絡む微妙な契約問題の中で、実際に彼らをコントロールする事が出来なくなり、
会長自身の動き辛らさが発生していたのも事実だろう。
結果的にはボクシング業界と将来を考えこれ以上迷惑は掛けられないと判断して
取った今回の事後処理については評価してよいと思う。

直接の被害者であったチャンピオン内藤大介選手自身も、もうこの件は終わりと
言っているのだから亀田一家と協栄ジムに関しては、ハイ終了!

問題はTBS、そしてそれにぶら下った品性下劣なメディアの連中あんたたちだよ!
あんたらには説明責任がある筈だと私個人は思うのだが。
このままじゃ、あんたらが日々報道しているどこぞの国の相撲協会、政治家、官僚、
偽装と捏造ばかりで生業を行っている企業の幹部と何ら変わりはないね。
いい加減自重してくれよ!

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2007年10月 7日 (日)

フジテレビ放映「写真物語Ⅱ」「50年間隠され続けたトランクの中の少年」・・・ジョー・オダネル氏が残した一枚の少年の写真。

2007年10月6日土曜日夜、フジテレビ系列をご覧になった多くの方は・・・
バラエティ「めちゃイケSP・オカザイル」の岡村隆史とEXILEに”笑いと感動”
を頂戴し。
映画「フラガール」で”日本に今、必要な元気”を頂戴し。
そして、その後に放映された「写真物語Ⅱ」では・・・
”大きな悲しみと一時の安堵とこの国の不安”
・・・を感じたのではないだろうか?

ここでは「写真物語Ⅱ」で最初に紹介されたジョー・オダネル氏の
「50年間隠され続けたトランクの中の少年」
について触れさせて頂く。

この写真は1945年8月9日の原爆投下で甚大な被害を受けた長崎市浦上川
周辺で当時米海軍のカメラマンであったジョー・オダネル氏によって撮影
された。
浦上川の川辺で亡くなった人々が焼かれているそばで、一人の少年が既に
亡くなっている幼子を背中に背負い、直立不動で立ち、まるで溢れ来る
悲しみをじっと堪えるように、唇を噛み締めて毅然とした表情を切り取った
写真である。

この写真についてはこれまで「焼き場に立つ少年」と称されて一部メディア
では紹介されていた。

しかし、長崎に住む以外の方のほとんどが今回の番組「写真物語Ⅱ」でこの
写真の事を知ったのではないだろうか?

実際、長崎市民の多くが、この写真を知ったのも今年2007年の夏だと思う。
切っ掛けは、今年の夏、長崎県立美術館で報道写真家として最も著名な
ロバート・キャパの写真展・・・
「ロバート・キャパ その生涯と作品」(「CAPA'S WORLD」)
・・・が開催され、そのキャパの写真展に合わせてこのオダネル氏の写真が
一枚のみ展示された。
このキャパの写真展とオダネル氏の写真については写真展開催中、地元長崎の
マスメディアで何度も報道された。
ただ、キャパの写真展の一番最後のコーナーにオダネル氏の「焼き場に立つ少年」
の写真が展示されていたため(もちろん写真の具体的な説明が文字で紹介されて
はいたのだが)、キャパの写真と混同してしまっている人々が多くいた。

私自身、この写真の存在を知ったのは2004年BS-iで放映されたドキュメンタリー
作品「原爆の夏 遠い日の少年」という番組を観た時であった。
この番組が撮影されたのは2004年2月と記録されている。
その時点でオダネル氏は81歳。冠動脈に病気があり既にバイパス手術を受け、
心臓にもペースメーカーを付け、尚且つ、背骨にも大きな障害を負っており、
金属のプレートを入れる手術を何度も受けているような状態であった。
それでも彼はその体で長崎を再び訪れ、様々な人の協力を仰ぎ、
「焼き場に立つ少年」の行方を追った。
だが、結局、その少年の”今”を見付ける事はできなかった。
このドキュメンタリーの中で彼がその写真を撮った時の具体的な話をしている。
私はこの番組を録画していたので、再度その映像を見て確認した。
彼は物憂げな表情でこう語っていた。
「私は仮設の焼き場の方へと近づいていった。そこではマスクをした男たちが
遺体を火の中に投げ入れていた。私はじっと見ていた。しばらくすると幼い
子供を背負った少年がやって来た。係りの人は背中の子をおろし、燃え盛る炎の
上にそっと乗せた。脂の焼ける音が、シューシューとしていた。炎は勢いを増し、
私の顔も熱くなった。少年は泣くまいと耐えていたようだった。まるで軍人の
ようだった。私はそばに行ってなぐさめてやりたかった。しかし、思いとど
まった。もし、そうしたら彼は泣き崩れてしまったのだろう。必死にこの現実に
耐えていたのだ。私は彼の家族を探そうとしたが見つからなかった。」

上の言葉は「写真物語Ⅱ」で広末涼子が紹介してくれた内容とほぼ一致して
いる。
ただ、「写真物語Ⅱ」ではいくつか、誤解を招く表現があった。
まず、オダネル氏の体調の変化について長崎で被爆したのが直接の原因の
ように語られていたが、厳密に言うと因果関係については、はっきり
していない。これは晩年のジョー・オダネル氏(81歳時点)の体調を管理
していた医師が被爆の影響はあったかもしれないと言っただけで、それ以上
でもなくそれ以下でもない。
それから、オダネル氏が「原爆が落とされたばかりの長崎」に直接入ったか
のような表現があったが、彼が入ったのは長崎県には違いないが、まず最初に
佐世保市に船で入港し、そこから道路を南下しながら、撮影を続けて長崎市に
入っている。また「原爆が落とされたばかり」というニュアンスもちょっと違う。
実際に長崎に入ったのは原爆投下から約1ヶ月後の9月である。
”焼き場に立つ少年”の写真が撮影されたのも9月だ。
ただ、原爆投下から1ヶ月程経っていたとはいえ、長崎市内は焼け野原で、
被爆の影響や原爆の熱線によるやけどやケガで多数の人々が亡くなっていた事
には何ら変わりはない。

「50年間隠され続けたトランクの中の少年」(「焼き場に立つ少年」)
の写真は米軍や米国政府の検閲を受けていない写真である。
ジョー・オドネル氏は被爆地長崎で多くの写真を撮影している。
検閲を受け公開され、プロパガンダに利用されたものもあれば、戦争の
凄惨さを記憶すべく、検閲を逃れ、ネガとして隠し持っていたものが
存在する。
戦後は政府要人や「写真物語Ⅱ」で紹介された通り、ホワイトハウスの
カメラマンとして活躍した。
特にケネディ家を写し撮った写真は高く評価されている。
2004年、彼はアメリカ・ナッシュビルの地元で1945年長崎で撮影して
いた写真を一般に公開する。そこで多くの人々が彼の真実を知る。
そして誰もが「焼き場に立つ少年」に途方もない衝撃を受ける。
それを見たアメリカ・ナッシュビルの人々は我々、日本人と同じように
少年のその時の想いを想像して胸を打たれ、彼がその後、どうなった
のかと言う事に想いを馳せる・・・。そして、我々と同じように涙する。

2004年に撮影されたドキュメンタリーの最後に彼が残してくれた言葉・・・
「彼は(「焼き場に立つ少年」の事)すっかり大人になっているだろうね。
戦争の事を覚えているだろうか。原爆がいかに酷いものだったか。いかに
廃墟にしたか。何人もの人が殺されたあの日、友達や両親はどうしただろ
うか。2度と起こしてはいけない。どちらが悪いかは関係ないんです。」

今年の夏、長崎のメディアもこの「焼き場に立つ少年」が一体誰なのか、
情報提供を求めたが、2007年10月6日現在、一切所在は明らかになって
いない。

2007年8月9日、脳卒中によりジョー・オダネル氏は永眠された。
享年85歳。
彼が長崎の原爆記念日に亡くなられたという事は、分子で宇宙を語る
ような考え方では片付けられないような気がする。
「焼き場に立つ少年」の写真と共に、確かに其処に存在した感情ある命
について考えさせられるのだ。

追記:
ジョー・オダネル氏についてはジョー・オドネルという表記でもメディア
で報じられている事を付け加えておく。
英字での正確な氏名の綴りは・・・「Joseph R O'Donnell」である。

「焼き場に立つ少年」
http://www.cdngk.net/yakibaboy.htm
「トランクの中の日本―米従軍カメラマンの非公式記録」
http://www.amazon.co.jp/dp/4095630132
「焼き場に立つ少年」の実際の写真

Photo_2

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2007年10月 2日 (火)

富士スピードウェイF1日本GP運営杜撰さの意味。それ以上に杜撰な日本相撲協会

007年9月30日に決勝レースが開催されたF1日本GPだが・・・
運営がいかに杜撰だったかという事が日増しに明らかになっている。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1037449.html
(まったく『痛いニュース』ばかりですなぁ・・・)

正直言って、TOYOTAのゴリ押しで富士のF1開催が決定した時、
富士スピードウェイに行った事がある方なら容易に想像ついたと思う。

「あんなアクセス悪い場所でまたF1開催?インフラどうすんだよ!」

また、30年前の1977年の富士F1を観戦された方々はこう思われた
だろう。
「30年前の事故の教訓は本当に生かされているのか?」
http://afw.fc2web.com/ziko/1977nihongp.htm
(30年目の富士F1開催時に発生した悲劇)

低賃金で働かされた人々の人生を搾取して手に入れたTOYOTAマネーで、
何とかサーキット自体の改修は終えたものの、実際の開催運営に関して
観戦する観客のためには手を施すどころか、まったく何も考えてい
なかったと言われても仕方がないであろう。
想定される状況でシミュレーションすればどういう事態になるのか
当然、判った筈だ。

http://www.fsw.tv/
取り敢えず、富士スピードウェイ株式会社は”お詫び”を掲載しているが
来年もやるつもりでいる。
FIAとTOYOTAとの決定事項だからってそれでいいのか?

http://www.fsw.tv/company/index.html
富士スピードウェイ株式会社会社情報
(株式の93.4%はトヨタ自動車株式会社所有)

モータースポーツの頂点を生(Live)で観戦出来るという貴重な体験は
今後の日本国内でのモータースポーツの裾野を拡げるのに本来大きな役割
を果たす筈なのだが、もう二度と観に行きたくないなんて多くの人々に
思わせたとしたら、それは悲劇でしかない。

8月の世界陸上でも運営面が大きく問題になった事は記憶に新しい。
確かに大イベントになれば想定外のトラブルに見舞われる事はあるだろう。
バブル以前の日本にはそういった想定外のトラブルに見舞われても現場に
意識の高い者が居て、何とか周りの協力を仰ぎながらそのトラブルを乗り
越えようとする努力が多々見られた。
それは与えられた職務を自ら責任を持って全うするという日本人独自の
道徳心とも言えるべきものであった。
現在、そのようなものが圧倒的に欠落して来ているのではないか?

F1運営より、さらにそれをもっとも象徴しているのが今の大相撲・・・。
それを運営する日本相撲協会というのはというのは文科省管轄の公益法人だ。
弟子をリンチ殺人したという事件に対する責任所在の甘さ、これはなんだ?
事件に関与した時津風親方の即時解雇はもちろん、日本相撲協会のトップに
君臨する北の海理事長は即刻辞任すべきだろう・・・普通。
だが北の海理事長はこの事件を時津風部屋だけの特殊な問題として自らの
責任を逃れようとしている。
弟子にナメラレたおバカな親方が「モンゴルの温泉でお肌ツルツル」なんて
のたまっていられた状況ではもうないぞ!

http://www.sumo.or.jp/
上記の相撲協会の公式HPには今回の事件に対するコメントもいわゆる朝青龍
問題に関してのコメントは何ら掲載されていない。
もちろん捜査当局の捜査に支障が出ぬよう配慮する必要はあるが、少なくとも
監督官庁である文科省はもっと動けよ!
それとも莫大な上納金納めて頂いて動けない理由でもあるのかな?
八百長問題も含め、今、この期に及んでも自浄出来ないのであれば『国技』の
看板は国民で引き摺り降ろすしかないね。

あんまり人の事ばかりは言えないが、この国の民度のここ最近の”体たらく”
一体どうしたもんでしょう・・・・。 

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2007年9月16日 (日)

自然と言霊がシンクロした奇跡「MISIA 星空のライヴⅣ CLASSICS ツアー・ファイナル 長崎市稲佐山公園野外ステージ」

それは自然と言霊がシンクロした奇跡のようなコンサートだった。

2006年8月12日・・・
「MISIA 星空のライヴⅢ 長崎市稲佐山公園野外ステージ
で開催されたコンサートはコンサート中に多くの流れ星が見られ、伝説の
ステージとなった。(うーん、私自身は昨年は高校同窓会と日程が重なり、
参加出来なかったのだよ・・・(涙))

そして、今回、2007年9月15日。
「MISIA 星空のライヴⅣ CLASSICS
    ツアー・ファイナル 長崎市稲佐山公園野外ステージ」

当日の長崎の天候は近づきつつある台風の影響で、右往左往する
天気予報で地元民の経験でさえも中々予測のつかないような様子で
あった。

私は連れと一緒にコンサート会場に16時過ぎにシャトルバスで到着。
コンサート開始は18時予定。
海側流れて来る雲は積乱雲も混じり雷も光り、かなり怪しい雲行き。
案の定、すぐに激しい雨が降り始める。
会場でコンサートを待つ多くの客はズブ濡れ・・・。
止んだと思ってもまた次の雨雲が押し寄せるまた雨。
そんな事が3回も繰り返された。

3度目の雨が上がりかけた時、既に18時を少し回る。
18時10分過ぎ、係員がコンサート開始のアナウンスを告げる。
ライヴ開始直前、雨は完全に上がるが、空は一面まだ雲に覆われて
いる。

18時15分過ぎ、ディーヴァ「MISIA」登場!
素晴らしいアレンジから入り、なんといきなりの『Everything』で
ライヴ・スタート!
「MISIA」の繰り出す美しい言霊で、ライヴ会場は一気にヒート
アップ!
立て続けに2曲目『BELIEVE』と3曲目『Never gonna cry!」
4曲目『BACK BLOCKS』を繰り出し、先程までの雨で表情が曇りがち
だった観衆の空気も一変!
もう雨なんか絶対に降らしてなるものかという空気になる!

最初のMC、「MISIA」はこう言った。
「皆さんが雨を上げてくれました!」
「星空のライヴの聖地!ここ長崎に帰って来ました!」

観衆は、もちろん!
「お帰りー!」

そう、「MISIA」は長崎の大村市で生まれ、離島の対馬で中学の半ば
までの人生を自然に囲まれて育ったのだ。

そして「MISIA」はこう続けて言った。
「皆の力で絶対にこの曇空を星空に変えましょう!」

その時は上空を見上げた観衆のほとんどがこう思ったことだろう。
「星空を出したい!うーん!でもまだ雲がかなり厚い・・・」

ライヴ中盤、「MISIA」は観衆を座らせ、バラードに浸らせていた。
その合間のMCで「MISA」はこういった。
「これまで訪れた場所で、色んな美しい海を見たんですけど、私には
やっぱり小さい時に見て、絵に描いた長崎の海の色が一番好き。」
そして、海にまつわる素敵な新曲バラード『裸足の季節』を歌った。

その時、詩の中に「星」という言霊が現れた時、観衆の多くが空を
見上げた・・・。
ざわめく観衆・・・。
垂れこめていたいた雨雲の合間に、星が1つ・・・2つ・・・3つ。
曇り空から星空に変わった瞬間だった。

その後も不思議な事が起こる。
「MISIA」が歌の中で「風」という言霊を放った。
同時に、一瞬だけ強い「風」が野外ステージの中を駆け巡った。

奇跡はまだ続く・・・。
ライヴ終盤、会場の上空は星空に変わっていた。
だが、MCで「MISIA」が今年訪れたアフリカ・ナイロビの貧困と世界の
苦しみについて触れていた時、「戦争」という言霊を放った。
その直後、星空に何故か、ほんの一瞬だけ、大きな雨粒が落ちて来た。
「星空」が「戦争」に対し、悲しみ涙を流したのだ・・・・。
「MISIA」がをのMCを終え『太陽のマライカ』を歌い始めた時には雨は
上がっていた。

アンコールの最後『つつみ込むように・・・』をスペシャルバージョンで
歌い上げた「MISIA」!
しかし・・・今日はツアー・ファイナル!ファンの期待に応えてくれます!
「もう、1曲!歌いたーい!」

ラストは・・・宝石箱に散りばめられた宝モノのような素敵な歌・・・。
『Song for You』!

「MISIA」は「長崎大好きー!」を連発し、最後にお約束の「MISIA」の
名を「ミーシャー!!」と全員で叫んで、「MISIA」は何度も手を振りながら
名残惜しそうにステージを後にした。

奇跡と感動に満ちた「MISIA」の「伝説のライヴ」がまた一つ増えた。
私自身、邦楽、洋楽の様々なライヴに行き、確かに何度かのちに語り継がれる
「伝説のライヴ」を体験しているが、これほど奇跡の連続に満ちたライヴは
いまだかって経験したことのないものであった。
ライヴが終わった後も観衆の間は何か不思議な空気に包まれていた。
皆、穏やかで幸せそうな表情で帰宅の途についた。

尚、今回のライヴで披露した新曲は
『裸足の季節』
『約束』
『シャンデリア』
・・・の3曲。

また、「MISIA 星空のライヴⅣ CLASSICS」は今回のツアー・ファイナル
となった長崎市稲佐山公園野外ステージのライヴか映像コンテンツとして
提供される。
2007年9月16日時点まだ確定ではないが、これまで通り、まずWOWOWで
編集版が放映され、フルHD高画質ハイビジョン映像で放映され、その後、
完全版(但し、MCはカットされる可能性あり)として、その後DVDと
Blu-Rayディスク(1080pフルHD収録)で発売される事となるであろう。
今回、ライブ・ツアー・ファイナルに参加出来なかったファンの方々は
今しばらく待たれよ!

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2007年9月13日 (木)

安部晋三の「Resign」と知人会社社長の「Suicide」

安部首相が辞任を表明した。
それも誰も想像だにしなかった時期に・・・。

今回の安部晋三の行動は「Resign」というよりは政治生命という意味では
「Suicide」に近いのではないか?
9月12日のTBSラジオ「ストリーム」でコラムニストの勝谷誠彦氏が明かした、
本日、9月13日発売(地方によっては15日発売)の週刊文春に掲載されたの
安部晋三の大スキャンダルの真偽の程は現時点では定かではないが、もし、
この話が現実ならまさしく『と学会』もびっくりのトンデモナイ事態となり、
政局どころか社会も大混乱に陥るであろう。
一国の首相の個人的なハタ迷惑な信仰が政局に大きく関わっていたなんぞ、
考えただけでもオゾマシイ。
側近筋からの体調不良や精神的疲労が本当の理由と実しやかに伝えられている。
確かにそれが大きな要因となりえた事は最も想像に難くないが、いくら何度も
ヘタを打った人物とはいえ、間違い無く自分の政治生命を完全に絶ってしまう
ようなタイミングと辞任会見で話した内容が、多くの人がそうであるように、
私自身もまったく腑に落ちない。

実は、私はここ数日、自分の身近に起きた事件で困惑していた。
私より2つ年下の知人が「Resign」と「Suicide」を一気に実行してしまった
のだ。
享年42歳。父親の代から受け継いだ地元に根差した小企業の社長だった。
私が色んな問題を抱え2000年春、地元に帰郷したとき、病んだ私の心を
和らげてくれる医師を紹介してくれたのが、彼だった。
会社の業績が悪化し、今春にリストラを行い、有能な人材を何人も泣く泣く
切らざろう得なかった。
これまで頼りにしていた中小公庫の融資も困難になっていたそうだが、
会社自体は何とか社長以下、残った者でこれまで頑張っていた。
しかし、残された彼の遺書には自ら命を絶つ事で生じるであろう問題の対処
について多く綴られ、最後に・・・
「何とかこれからも頑張って会社存続のために社員全員で頑張って欲しい」
というような文面があったと聞いた。
私はそれを知って悲しみを通り越し、大きな怒りを覚えた・・・。
あまりにも無責任過ぎるよ!
仕事熱心だったが、あまりにも自分で何もかも抱え込み過ぎていた。
社員たちも彼の疲れを知っていたが、そこまで悩んでいると読み取る事は
できなかった。
何故、全てを吐き出して、もっと社員を信頼しなかったんだよ!
これから先どうなるのか判らないが少なくとも社員たちは悲しみと怒りを堪え、
前に進もうと頑張っている。

生きていると誰だって死にたくなる時がある。それで死んだら全て終わりと
思うな! 死ぬ行動力があるならその行動力を誰かに託せよ!
そして苦しみや痛みを分かち合えよ!

この国を本当に変えられるのはもう僕ら自身でしかない。
僕ら一人一人がそいういう気持ちで臨まないと、この国は滅びてしまう。
僕らでバトンを落とす訳にはいかないのだ。

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2007年8月30日 (木)

今更ですが・・・大阪”世界陸上”が本当に面白い!

織田裕二の異常なまでのハイテンションが最初は鼻についていたの
だが、今では彼のその気持ちもよくわかるほど大阪で開催されている
”世界陸上”(セリク)が本当に面白い!

http://www.osaka2007.jp/index_j.html

残暑というようりは猛暑の中で繰り広げられる各競技はハイレベル
な上に凄まじい消耗戦となっている。

以前から”世界陸上”は記録の出にくい、なんでいつもこんな熱い時期
にやるのだろうと思っていたが(南半球開催で場所によれば涼しい
ところもあるだろうが)、それには理由があるそうだ。
スポーツ・コメンテーターの生島淳氏がラジオで話していたが、
”世界陸上”はやはり欧米にとってはメディア・コンテンツとしては
かなり優良なコンテンツだそうで、アメリカのアメフト・シーズンと
欧州のサッカー・シーズン最盛時期とぶつからない時期に開催しない
といけない、そうすると今の時期しかないのだそうだ。
うーん納得!でも選手はタイヘンだー!

地元開催という事で日本勢にも大きな期待が掛っていたが、ここまで
良い結果を残せていない重苦しい雰囲気は確かにあるのだが、そんな
中でも、中距離の福士加代子選手の世界に立ち向かう姿は清々しさえ
感じさせ、単純に勝負だけではない何かを感じさせてくれる。
女子10000メートルでは他の選手と接触し、靴が脱げ、最後尾に落ち
てもそこから追い上げ、10位に入ったのは素晴らしかったし、
女子5000メートル1次予選ではしばらくはレースを作る見事な走りを
みせ、何とかタイムを残し、9月1日の決勝へと進めたのは本当に見て
いて感動した。
彼女がレース後にいつも魅せてくれる爆発するような素敵な笑顔は
多くの人々に元気を与えてくれる。

それにしても世界のレベルの高さと凄さには本当に驚かされる。

8月27日の女子100m決勝!
いや、テレビで観戦していて、スローで何度見ても一体誰が優勝した
のかまったく判らない凄まじいレースだった。
結果は写真判定だったが、この写真を見ても素人の私にはよく判ら
なかった。
優勝したのは同タイム僅差でジャマイカのベロニカ・キャンベル!

そして、いままでのところ最も面白かったのが、8月29日に開催された
男子走高跳決勝!
前評判ではアテネの金メダリスト・スウェーデンのステファン・ホルム
が圧倒的で実際に彼が飛び始めると最も美しいフォームでジャンプを
決める!
ところがとんでもないダークホースが登場!
18ヶ月前まで一介の大学バスケットボール選手選手でしかなかった
バハマのドナルド・トーマス!
ユニフォームもバスケット選手のユニフォームでシューズもバスケット
シューズにしか見えない?!
踏み切りもフォームもまったくハチャメチャ!
空中でも足をバタつかせてる!(泳いでいるんじゃないんだから!)
しかし、途方もなくダイナミックなジャンプなのだ。
2m33cmまでは完全に勝負はホルムのものだった。
対するトーマスはなんだかそのハチャメチャなフォームで2m33cm
を2回失敗した後、最後の1回で2m33cmを飛んでしまった。
2m35cmにバーが上がった試技1回目、生き残った選手は4人。
最初に飛んだホルムがこの日、初めて失敗。
続く2選手も失敗・・・。
ところが最も飛べる可能性の低い筈のトーマスが試技1回目でまたもや
飛んでしまった!
もう驚きを通り越して、拍手喝采!これで一気に流れが変わる。
ホルムは試技2回目、3回目も失敗!
他の2選手は試技2回目で成功!ここで優勝候補のホルムが確実だと思われて
いたメダル圏内からも消えてしまう・・・。絶望に打ちひしがれるホルム。
バーは2m37cmに引き上げられるが、トーマスはもちろん他の2選手に
とっても自己ベストを上回る高さだ。3人とも飛べなければ2m35cmの
試技を1回目でクリアしたトーマスが優勝してしまう。
そして、それが現実となってしまった。
トーマスはさらなる2m37cmこそ失敗したもののさらなる無限の可能性を
見せて優勝してしまった。
いやはや世界にはまだまだとんでもない奴が潜んでいるのだ。
こんな事が起きるからスポーツは面白いし、勝負というのは本当に怖い。

短距離の3冠を目指すアメリカのタイソン・ゲイのようなスーパー・スター
もいれば、バスケットボールをやるとしか思えないような格好の選手が
走高跳で世界一になったりする。

猛暑の中、選手たちは本当に大変でしょうが、国籍や人種も肌の色も関係
なし!みんなガンバレ!

大阪の熱い闘いは9月2日まで続く・・・。

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2007年8月29日 (水)

久々の天体ショー”皆既月食”とUFOとUMAと初めての”金縛り”

2007年8月28日火曜日、晴れ。
本州にかかった前線で天候が心配されたが私の地元長崎では”皆既月食”が
楽しめた!

1_2 2 3 4

”皆既月食”
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E9%A3%9F

長崎市の”月の出”は18時48分だったが、丁度、山の陰に隠れていたので、
実際に見え始めたのは19時15分頃からだった。
その時点で、既に”皆既月食”となっており、月は暗く鈍く赤く光っていた。
(暗く鈍く赤く赤く光る理由は上記リンクをご参考に!)
20時半少し前から、徐々に左下弦から月の光が徐々に戻り、21時半過ぎには
目視ではまだ若干右上弦が陰っていたが、22時過ぎにはほとんど戻っていた。

久々の天体ショー!やはり大人(心は少年のままなので)になっても楽しめます!

UFOやUMA(未確認動物 (Unidentified Mysterious Animal))にもそれなり
の懐疑心を持ちながらも、興味を持っているが・・・
先日、スカパー!のナショナルジオグラフィックチャンネルで放映された
「ネス湖」特集で、ネス湖には巨大水生動物を生息させるほどのエサが
環境的に確保できない事(居ても周辺の川から流れ込んだ大きなチョウザメ
ぐらいだそうだ)と、これまでの審議を醸し出していた数々の写真やフィル
ムが実験によって、ほぼ船や水鳥が起こした波紋や流木である事、また湖底
に伝説にあるような隠れ家となるような洞窟もない事が証明されてしまい、
水棲モンスターの生息は絶望的である事が判ってしまったのはちょっと
残念だったなぁ・・・。

しかし、昨今のスピリチュアル・ブームはかなり行き過ぎを感じざろう得なく、
嫌悪感さえ覚えるし、私自身、霊的な体験などというものは全くと言って
なかった。
だが、27日深夜(正確には28日早朝になるのか)、生まれて初めて”金縛り”
というものを体験した。
”金縛り”も基本的にはストレスや睡眠不調や睡眠障害に因るものがほとんどと
されているが、多分私が体験したのもそう言った事に起因するのだろうが、
ちょっと面白い体験だったので、自分が体験したそのままを書いておく。

まず、私は不眠症なので2週間に1度医師から処方してもらった、睡眠導入剤と
睡眠剤を毎日就寝前に飲んでいる。
昨日27日は在宅でやっている仕事を深夜0時半過ぎに前に終えて、いつも
チェックしているネットのサイトを見て、寝ようと思ったのが午前1時過ぎ。
そして、いつも通り薬を飲んだ、飲んですぐ眠れる訳ではないので、眠くなる
まで、土曜日25日に録画して見ていなかったWOWOWで放映中の・・・
「コールドケース3」
・・・を時間短縮のため1.5倍速再生し、布団に横になり、枕を高くしながら
観ていたら、そのまま寝てしまった。
「コールドケース3」は部屋の電気を消し、プロジェクターからスクリーンに
投影して観ていた。音はヘッドホンで聴きながら・・・。
私は普段、ラジオやiPodを聴きながら寝る事は多々あるが、どんなに疲れて
いてもスクリーンで何かを観ながら寝てしまうという事はこれまで一度も
ないのだが、特に昨日酷く疲れていたという訳でもないのに何故だか寝て
しまった。
「コールドケース3」はその回は「英雄」という副題が付いており、ベトナム
戦争で捕虜となった帰還兵が誰かに殺されるという話なのだが、最後まで見れ
ずに寝てしまったので犯人が誰なのか判っていない。
私が目を覚めたと思ったのは時、枕を高くしたまま寝ていたのでまず目に入っ
たのはブルーに光っているスクリーン。
「コールドケース3」をHDDから再生してそのままだったので、再生が終わる
と自動的にTVチューナーに戻るのだが、合わせていた地上波アナログの
チャンネルの番組が全て終了しているので、砂嵐だと自動的にブルーを映し
出すようになっている。
スクリーン下のKENWOODのAM/FMチューナーがデジタル表示している時間
がすぐに目に入った。AM3:17を示している。
ここで自分が眼鏡とヘッドホンをしたままでいる事に気が付く。
なんだそのまま寝てしまったのかと思い、ヘッドホンを外し、プロジェクター
とレコーダーのリモコンを取って電源をOFFにしなければと思うのだが、目線
以外、体を一切動かす事が出来ない・・・。
「あれ?なんで!?」
ビックリして声を出そうと思っても声がまったく出ない。
何か天井の方で気配がする。
目線を天井の方にやると、白いもやのようなものが掛っている。
プロジェクターの光が反射しているのかと思ったが違う。
実際にプロジェクターは部屋のスクリーンに向かって右側に設置してレンズ
シフトさせて投影させているので、光自体が私の頭の上を通ってはいないのだ。
その白いもやは巨大なタコのような形で、よく見ると人間の歯が見える。
歯は上下あるのだが、牙も何にもないので獣ではなく、人間の歯にしか見え
ない。
目も鼻も耳もない白いモヤの真ん中で歯の上下だけが開いたり閉じたりして
いる。
もちろん、普段見ている天井の木目などとはまったく違う。
またその白いモヤは目線でやれる範囲で確認するとまるでマントのように
天井から私の体の方まで伸びている。
圧迫感はないのだが、体はやはり全く動かすことが出来ない。
怖くもなく、ただ「このモヤと白い歯は何だろう?」と悩むばかり・・・。
そして、視線をAM/FMチューナーの方にやるとAM3:29分を示している。
時間を確認して再び、天井に目線を戻そうとしたら、白いモヤはサァーッと
引くように消えて、同時に体も自由になった。
そのまま起きて、ヘッドホンを外し、電気を付けた。
部屋はいつもと何も変わりはない。ただ、体が軽くなった気がした。
リモコンを取って、プロジェクターとレコーダーの電源を消し、部屋を
見渡す、家族は他の部屋で寝ており、もちろん誰もいない。
喉が乾いていたので、部屋を出て、キッチンに行き、冷蔵庫を開けて
ミネラル・ウォーターを飲み、また部屋に戻り、今度は寝支度をちゃんとし、
さっきの現象は何だろうと考えながら床に入ったらしばらくしてそのまま
寝た。その後は朝まで何もなかった。

多分、心の疲労のせいだろうと思いながらも、体がやけに軽くなった感じが
したから、もし、長崎に帰郷してから延々と引き続いていた不運を引き起こ
した憑きもの(そのなものがもしあるのならば)が、やっと抜けて行って
くれた勝手に解釈し、それでいいや!と思う事にした。

でも、本当に面白い事ってあるんですなぁ・・・。

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2007年8月 9日 (木)

8月7日に観た。スティーヴン・オカザキ監督作品ドキュメンタリー映画「ヒロシマナガサキ」(原題「WHITE LIGHT / BLACK RAIN」)

ヒロシマ(広島)とナガサキ(長崎)の被爆者、アメリカにて原子爆弾開発に携わった
科学者と技師、広島に原爆を投下したエノラ・ゲイ号の航空士らの証言と被爆直後の
様々な貴重な映像を中心に構成されたドキュメンタリー映画「ヒロシマナガサキ」
(原題「WHITE LIGHT / BLACK RAIN」)を広島原爆記念日8月6日と長崎原爆記念日
8月9日のかの合間の2007年8月7日に長崎市民公会堂で観た。

Hirosimanagasaki

東京では岩波ホールで7 月28日(土)より公開されている。
(9月下旬まで 公開予定)
http://www.iwanami-hall.com/

被爆地である長崎での公開はあくまでも『映画「ヒロシマナガサキ」を長く広める会・
ジグロ』主催による8月7日の自主上映のみでたった1日しか公開されていない。

監督は1991年「Day of Waiting(待ちわびる日々」でアカデミー賞短編
ドキュメンタリー部門を制した日系3世アメリカ人スティーヴン・オカザキ。
スティーヴン・オカザキ監督は2005年にも原爆小頭症患者とその家族を
題材にした「マッシュルーム・クラブ」でも同賞にノミネートされている。
上記2作品を含め3度のアカデミー賞ノミネートと2度のユネスコ賞受賞、1度の
エミー賞ノミネートとドキュメンタリー作家としては錚々たる実績を誇る。

スティーヴン・オカザキ監督の製作会社公式HP
http://www.farfilm.com/

映画の冒頭、インタビュアーが現代の東京渋谷の若者たちに1945年8月6日に何が
あったのか知っていたら教えてくれと頼むが答えられる者はいない。
それは今40代半ばとなった我々の世代が若かった頃となんら変わりはない。
私の両親は長崎市でともに被爆した。私は被爆二世である。
私は1980年代前半大学入学のため上京し、20年近く東京で生きたが、長崎市と
広島市出身者以外「1945年8月6日と9日が何があったか知っているか?」・・・
と問うても僕らの同年代でさえ答えられる者はほとんどいなかった。下の世代なら
尚更である。

このドキュメンタリー映画では非常に凄惨でショッキングな映像が被爆者の証言と
ともに提示される。
私の前列に座っていた小学生の男の子は上映時間のほとんど手で顔を覆い、隣に
いる父親に凄惨な映像がスクリーンにまだ映っているのかと何回も尋ねていた。
私より下の世代のその父親自身も何度もスクリーンから目を逸らしていた。
他県から来たと思われる私の横に座っていらした、初老のご婦人お二人は何度も
啜りあげて泣いていらした。

多分この映画を観られる多くの一般の方々はこのような反応になるであろう。
当然だと思うし、否定もしない。
だが、私は自分なりに被爆二世として原爆や核、放射能による被害については
勉強し、精査してきたつもりだ。
私の立場からのこの映画を観て感じたことを述べさせて頂きたい。

ひょっとしたらこの映画を既に観た方で、証言者としてこの映画に登場する
被爆者の方々の語り口に違和感を覚えられた方はいないだろうか?
被爆者の証言者の皆さん非常に饒舌で語り口が上手い。
被爆して負った肉体の『傷』はリアルそのものなのに、話し言葉はまるで
『物語』を語るように感じられなかっただろうか?

もし、そう感じたとしたら、それには明解な理由がある。
この映画で被爆者として証言されている方は実は『語り部』として長年、原爆
被害を訴え、活躍されている方がほとんどなのだ。
私自身、これらの方々のご苦労された人生は他人には推し量れないものであると
思うし、「次世代に語り継いで行かなくてはならない」という強いご意志には
本当に敬服するばかりであるのだが、一方で、高齢になった被爆者のほとんどが
もう何も思い出したくもないし、何も語りたくもないという現実が渾然として存在
している。
本当は語られる事が稀有で、語られない事の方が圧倒的に多いのだ。
スティーヴン・オカザキ監督はこの1時間26分のドキュメンタリー映像作品を制作
するに辺り、約500名の被爆者と会い、取材を重ねたとしている。
だが、実際に被爆者の証言映像として取り上げられたのは14人。
結局はこのドキュメンタリーの根幹に『語り部』の方々の証言を置かざろう得なく、
そこにショッキングな映像を被せ、アメリカ側のいくつかの視点を織り込むことで
しかこの作品を構成できなかったことに(一般的にはそれで十分過ぎる程なのでは
あるが)、私自身は性善説的戦争ドキュメンタリー作品の限界を感じてしまった。
中立性を保とうとする意志は作家の『良心』とも解釈できるのだが、だがそれを
意識し過ぎるとそれは『良心』ではなく『曖昧な神の目線』となる。
もともとは木訥なまでに生々しかった市井の人々の話が、拡がれば拡がるほど
形骸化し、固定概念を有してしまった圧倒的な映像の迫力に覆い被され、想像力を
失い、結果的に『真実』そのものを『希釈』してしまい『物語』となっていく
過程を私は現在進行形で見せられてしまったような気がした。
実際には流れて存在した筈の過去の悲劇の時間と空間は大きな喪失感と虚しさに
よって埋め尽くされてしまった。
これは、私自身にかなり大きな混乱をもたらした。
だが、はっきり言える事は『希釈』の過程に一番責任があるのは間違いなく僕らの
世代なのだ。
『語り部』の方々には何の責任もない。過去の悲劇を知らない人々にも、わかり
やすく伝えたいというお気持ちが『話の仕方』を『技術』として進化させたの
だから。
だが残念ながら『語り部』の方のご意思とは反対に、その進化は僕らの
『足元の言葉』からは少しづつ遠ざかって行ってしまっている。
僕らの世代は両親、祖父・祖母の世代に起きた出来事についてあまりに無関心
過ぎた。
僕らの両親、祖父・祖母の世代も、悲劇と悲劇に陥るまでの過程を覆い隠して
しまい、語るべき『足元の言葉』を封印してしまった。
それは現在、僕らの子供の世代にそのまま反映されてしまい、想像力の大きな
欠落を招いてしまっている。それはこの国で今、起きている様々な悲劇へと
間違いなくリンクしている。
まずは目先の情報やデータや物語に捉われず、まず封印されてしまった
『足元の言葉』を拾い集めて、自分のものにする必要がある。
父や母たちが恐怖と悲しみにくれて、仕舞ってしまった引出しの中身を明らか
にするのは大きな痛みを伴うのかもしれないが、今すぐに絶対に僕らが行わな
くてはならないことだ。
さらに大事なのは知るべき事は原爆だけでなく・・・
一体あの戦争で何が起きていたのか?
私たちの両親、祖父・祖母の世代が何を積み重ねてきたのか?
何を考え、どう生きていたのか?生き延びたのか?
・・・それとも殺したのか?殺されたのか?
・・・知ることにも大きな恐怖が伴うだろうが、それは糧となる筈だ。

そうしなければ、またボタンの掛け違いが始まり(もう始まっているのかも
しれないが)、また同じ過ちと甚大な被害を次世代以降にに引き起こして
しまうであろう。

ちなみに「原爆しょうがない」発言の前防衛庁長官の久間章生は長崎県出身の
1940年生まれの戦中派だが、彼は長崎市の出身ではなく現在の南島原市出身
であるため原爆被爆体験もなければ被爆者の実状についての知識は薄い。
また知ろうともしていなかったのであろう。
あの発言はは『無知』ゆえの無恥な発言でしかない。
しかし、『無知』こそがが最も恐れるべきことであり、時と場合によっては
『無知』は罪となる。

私の場合、上に述べたように一般の方とは違う視点で、この映画を評価したが、
それはそれで大きな考えるべき課題をこの映画から頂戴したので、そういう
意味ではこの映画と出逢えた事に素直に感謝したい。

各地での公開予定は下記サイトで参照されたし。
映画製作・配給会社シグロ
http://www.cine.co.jp/

尚、公開予定地域でなくとも地域団体による自主上映(場合によっては一部
左捲き団体のプロパガンダ的意味合いで公開される可能性もあるかもしれない)
があるかもしれないが、主義主張に惑わされずに一歩踏み出して是非、この
映画をご覧頂きたい。

但し、一般の大人でさえ目を覆いたくなる凄惨な映像が多く含まれている
ため、子供にとっては映像そのものに拒否反応を示すかもしれないし、この
映画を観たこと自体が大きなトラウマとなる可能性もある。
(私たち被爆二世の世代は小学校時代の原爆教育で原爆資料館展示物や学校で
あった上映会などで見せられたフィルムや写真がそうであった。私自身も当時
の原爆資料館に展示されていたたった一枚の写真パネル(胎内被曝の影響で
無脳症で死産で生まれてしまった幼児がホルマリン漬けにされている写真。
今はどこにも展示されていない)が今も悪夢でうなさらるほどトラウマに
なっている。)
もし、子供とご一緒にご覧になるのであれば、子供に対し、まず戦争と原爆に
ついて事前に少しでも話しておくことをおススメする。
できれば子供向けの戦争や原爆について記載されている本や資料などを少しでも
読んだり、見たりしていれば随分違うと思う。
また観賞後は映画の率直な感想を尋ね、その答えをフォローしてあげることが
必要であろう。(私たちは被爆二世の世代は凄惨なモノを無理矢理押し付けられ、
その後ほったらかしにされてしまったため、多くの人間が今もトラウマを抱えて
いる。)

尚、この映画は全米の大手ケーブルテレビHBO系列で2007年8月6日から一斉に
放映されている。
全米の視聴者がテロの直接の脅威にさらされている現状の中で、原爆や核というもの
自体をどう考えるかという事と、同時に、過去のアメリカのプロパガンダや現在まで
の歴史認識を再考するキッカケとなる要素を多く含んでいる映画の素材をどう受け
取るかと言うことに非常に興味がある。その反響には注視していきたい。

今日、2007年8月9日、長崎は62回目の原爆記念日を迎える。

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2007年6月 6日 (水)

【悪質な資格商法】『日本経営経理指導協会』主催『労務管理士』の価値なし民間資格取得講座に騙されるな!

★お詫び
★この記事に関し、一部事実無根の誤りがございました。2008年12月6日土曜日現在、この記事は訂正を行い、掲載を継続しております。★
訂正内容詳細に付きまして当方ブログ内、下記リンクをご確認願います。
http://wildoldboy.cocolog-nifty.com/wild_old_boy/2008/12/post-0382.html
事実無根の情報で一部企業にご迷惑をお掛けしました事をお詫び申し上げます。

地方都市の雇用がいまだに厳しいのが現実なのは皆さんご存じの通り。
私の住む長崎の地場産業のほとんどはバブル期さえもオイシイ思いもできな
かったのに、何故か無いツケだけを払わされているといった状況だ。
雇用が少ないだけでなく、賃金も日本全国都道府県の中でも最低レベル・・・。

そんな地方の田舎都市の雇用状況を悪質な様々な商法を行う輩は見逃さない。

今の長崎では新卒で就職する人々、会社が倒産したり、リストラされた人々に
とって、新たな就職先となる企業を探すのは容易ではない。
こういう時に企業から必要とされる国家資格や公的資格、優良な企業や団体が
推進する民間資格などを取得しておく事が再就職や転職の際、有利になるのは
当然の事なのだが、悪質な輩はこのような状況下において、人の心の隙間を
衝いてくる。

平成19年6月5日火曜日に配達された長崎新聞に一枚の折り込みチラシが
入っていた。

このブログでは表示イメージが制限されているので、文面が読みにくいと
思われるので、画像をクリックして頂けると文面詳細が確認できると思う。
その中から、まず、謳い文句の部分を抜粋して下記に文面を転記する。Photo_1

「就職・転職・スキルアップに役立ちます!!
全国共通民間資格
『労務管理士』
(労務管理コンサルタント資格)特別養成講座
企業経営上、時代の変化に伴い、労務管理責任者として強く求められている
知的職業それが労務管理士です。全国組織団体の本協会が認定し、既定の
講座修了者には検定試験を受験免除の上、交付されるもので、社会的に価値
あるものとして、高く評価され就職にも大変有利です。すでに労務管理責任者・
雇用管理責任者・安全衛生推進者の選任が強要されてきましたが、この度、
新会社法・労働時間及び割増賃金の制定・個人情報保護法等、次々と労務管理
に関する制度が法律化され、就業規則の強制提出等、すべての事業所に労務管理
の実務能力者が絶対に必要となります。」

労務管理業務の知識がほとんど無い人が、上記の文面を真に受けると・・・
「なんだか『労務管理士』ってこれからの企業に取って必須になるのかなぁ?
だったらこの資格取っておくとつぶしが利くのかな?」
なんて思う方も多いことだろう。

『労務管理士』でググってみなはれ!
実体がすぐ判るでしょう!【悪質な資格商法】です!

ちなみに今回の折り込みチラシに記載されている主催者は・・・
『大阪法務局登記・日経共済会・NPO法人併設』(うん?併設ってなんだ?)
の肩書を明記した・・・

『日本経営経理指導協会 労務管理指導部』

・・・となっている。

折り込みにチラシの記載によると『日本経営経理指導協会』は2007年6月8日
金曜日から6月12日火曜日まで『労務管理士特別養成講座西九州ぼったくりツアー』
を敢行することになっている。

■会場・日時
2007年6月8日火曜日:佐賀市民会館・1F第2会議室(佐賀県佐賀市)
2007年6月9日土曜日:長崎市民会館・第2会議室(長崎県長崎市)
2007年6月10日日曜日:長崎市民会館・第2会議室(長崎県長崎市)
2007年6月11日月曜日:諫早市勤労者福祉会館・1F小会議室(長崎県諫早市)
2007年6月12日火曜日:佐世保市社会福祉会館・別館1F研修室(長崎県佐世保市)

時間は全て午前9:30~13時終了予定となっている。

こうゆう輩に限って、地方都市で名の知れた公共施設を臆面もなく利用しやがる。
理由は明確、こういう公共施設を使う事で、実は役にも立たない『資格』が
なんらかの有効な効果があるかのように装うのにうってつけだからだ。
尚且つ現状の法整備がこういう【悪質な資格商法】に関してまったく追いついて
いないという現状もある。
だから公共施設側も何を持って線引き(拒否)するかというのは現実には困難で
あろう。

そもそも現在、官公庁・民間企業において社会的に認められた『労務管理士』なる
『知的職業』なんぞどこにも存在しない。
(もちろん官民とも労務管理の仕事そのものはどんな企業にも存在する。
また過去において、昭和43年に社会保険労務士法が成立するまで、その資格制定
に向けて動いた一部の人々が『労務管理士』を名乗っていた経緯は事実としてある。
しかし、『社会保険労務士』が国家資格として制定された時点で『労務管理士』と
いう言葉自体、何の意味ももたなくなった。たまに、おとぼけ企業が大きな勘違い
をして労務管理実務経験者を募集する際に、『労務管理士募集』と募集要項に
書いてしまう場合があるようだが。その場合も労務管理の実務経験者を求めている
のであって無駄資格所有者を募集している訳ではないので勘違いしないように!)

『労務管理士』なんぞ社会的な資格としては一切認められていないので『社会的な
価値』なんてもちろん存在しない。
この日本国に於いて、労働及び社会保険に関する業務を遂行する事で報酬を得ら
れるのは、国家資格である『社会保険労務士』の有資格者のみである。
『社会保険労務士』の資格を有さないものが、『社会保険労務士』のみに認められて
いる範疇の仕事を行うと社会保険労務士法違反で罰せらるのだ。
中小企業のほとんどが『社会保険労務士』なんて企業内にいないのは当たり前。
必要な労働及び社会保険に関する業務を遂行するためには、その過程として企業内
の単なる労務管理業務担当者が関わったとしても最終的な胆の部分の仕事を処理して
もらうためには『社会保険労務士』有資格者に代行してもらうしかない訳だ。
下記のリンクをご覧頂ければ判るが『社会保険労務士』ハードルはかなり高い。

『社会保険労務士』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%BF%9D%E9%99%BA%E5%8A%B4%E5%8B%99%E5%A3%AB

社会保険労務士試験オフィシャルサイト
http://www.sharosi-siken.or.jp/

こういう【悪質な資格商法】輩は、大概、就職・転職に有利を謳い、企業に必須とされる
資格かのように装い、あたかもその『民間資格』(もちろん有意義な『民間資格』も多数
存在する。)がこの先、国家資格や公的資格に格上げされるので今のうち取得しておいた
方がお得という雰囲気を醸し出すか、『労務管理士』のような尤もらしい資格を捏造し、
情報収集能力の備わっていない人・落ちた人を狙い撃ちにするのだ。

例えばこの『労務管理士』に限って言うと・・・
『労務管理士』講座開催当日、講座開催会場にて1万5千円を支払い、朝9時半~13時と
いうたった3時間半の講座を受講し、受講後、『登録申請書』を提出すると『労務管理士』
なる資格試験の受験が免除される事になっている。
まずまったく価値のない資格のための講座そのものを受講するために1万5千円を支払わ
せる事自体まったくふざけているのだが、こいつらがさらにふざけているところは
受講後以降にある。
受験免除するための『登録申請時』に『登録申請料』、『登録費用』、『認定登録料』
と称して4万円から7万5千円(私が実際にWeb上で調査できた金額)程度の金額を
吹っ掛けてくるのである。
この金額は主催者によって違う。(そもそも『労務管理士』の講座を開催している
主催者の実体そのものが正常に把握されていないのが現状で、愛知県社会保険労務士会
に所属する社会保険労務士が、この悪徳商法の苦情を受けて、大阪と東京の法務局に
当該団体の登記簿謄本の閲覧申請をしたところ、当局からは「該当法人なし」との
回答がもたらされている。)
大概の人はここでおかしいと気付くのだが、騙される人は徹底的に騙される。
4万円から7万5千円程度を支払って、まったく価値のない『労務管理士』なる資格を
取得させられた上に、毎年、『年会費』などの名目で2万円から3万円ものお金を
ぼったくられ、さらに意味不明な上級受講コースなどがあるとして『カモ』に
されるのだ。

折り込みチラシの主催者『日本経営経理指導協会』でググってもそのような協会その
ものの詳細情報は見つからない。
またあたかも日本経済新聞系列かと思わせる冠の『日経共済会』なるものもまったく
実情が掴めない。
但し、下記のリンクに記載されている通り、平成5年に『日本経営経理指導協会』
主催の『労務管理士』講座を受けた人物の『労務管理士』に関する質問(被害状況と
言った方が正しい。)とそれに対するレス(「合掌」)は確認できた。

http://question.woman.excite.co.jp/kotaeru.php3?q=1845943

折り込みチラシに記載されている『日本経営経理指導協会』の『問い合わせ事務局』
住所は下記の通り。

〒599-0212
大阪府阪南市自然田1915-14
TEL:072-473-0831(代) FAX:072-473-2666

上記、住所でググると一般市販されてない同人誌レベルの月刊情報誌「経営・経理」
なるものを発行している人物として「当摩嘉弘」という人物の名が確認される。
またこの住所と電話番号でYahoo!電話帳に『日本経営経理指導協会』で登録されて
いる事は確認できたが、「当摩嘉弘」でググっても(他の検索サイトでも)上記
以上の情報は得られない。

『大阪府阪南市自然田1915-14』と『日本経営経理指導協会』
・・を「地図」としてググると面白い結果が得られる。

上空写真で見るとどう見ても一般住居だ。(苦笑)
また、「地図」では『日本経営経理指導協会九州総支局』というものもヒットした。
その住所は・・・

別府市鉄輪東2-1
0977-66-7783

・・となっている。大分県の別府市だ。
確かにこちらの「地図」の上空写真を確認すると近隣の住居などと比較すると、一般
住居のようではなく、建物の形状からしてもマンション、アパートの類ではなく、
いかにも地方地場中小企業といった感じである。
しかし、『日本経営経理指導協会』の折り込みチラシの内容見ていて、気になった事
があった。
『特典』と記載された中に・・・
『◇別府温泉に保養所「泉南荘」があります』
の記述があるのだ。

調べてみた。
別府市に「泉南荘」というのはひとつしかなく、住所は・・・

別府市鉄輪東2
0977-67-2983

そう!地図で確認して頂くとわかるのだが、住所の・・・
「別府市鉄輪東2-1」と「別府市鉄輪東2」は隣接地なのである。
また、「MSN電話帳」の地図には「日経協保養所 泉南荘(協はママ)」と記述
されているのである。
尚且つ、『日本経営経理指導協会九州総支局』のお隣でもある訳だ。
これじゃ、どう考えても『特典』の保養所宿泊でもぼったくりに遭いそうだ。

ちなみに折り込みチラシに記載されている『特典』の全ては下記の通り。
(ツッコミどころ満載なので覚悟して下さい。(苦笑))

◇昨年度より原則として、完全受験制ですが、受講後、登録申請書を提出されますと、
受験免除の手続きを行い、資格認定書が先渡し送付されます。
(ツッコミ:どこに原則があるのよ?完全受験制ってなんだ?そもそも試験そのものが
あるのかも怪しい。どっちにしても、受講後、登録申請書提出なんて愚かな事を行った
らぼったくられる訳だが。)

◇希望者には別途の手続きにより、登録証書・会員証・その他諸証明書が交付される
と共に、確定日付が打たれ、検定試験は特別推薦により受験を免除されます。
(ツッコミ:あれ?上で受験免除とか言っておいて、こちらでまた、検定試験の
免除って、どういうことだ?また、ぼったくられるのか?まったく意味不明だ。)

◇月刊誌及び通信添削が送付されます。
(ツッコミ:同人誌「経営・経理」なんてまったく無駄な雑誌が送られてくるのか?
でもその雑誌も上に書いている通り、無駄金払って『別途の手続き』をして会員に
ならないと送られてこない訳だ。しかし、無駄資格取得してもさらに一体何を通信
添削せなならんのかね?)

◇交通事故傷害に関して、「日経共済会」の保証制度があります。(保険料は不要)
(ツッコミ:共済制度そのもが成り立っているかどうかも判らないのに保証できる訳
ないだろ!)

◇事務所開設の際には、当協会の統一標識・業務証明が交付されます。
(ツッコミ:無駄資格取得して事務所開設できる訳ないだろ!この国のどこに
『労務管理士』なる看板を掲げた事務所が存在するというのだね?)

◇別府温泉に保養所「泉南荘」があります。
(ツッコミ:上に書いた通り!)

まぁ、こんなオレのマニアックなブログを見ている人なんて情報収集能力に長けて
いるのは判っているので、間違いを起こす事はないと思うが、もし、親類縁者、
知人や、ご近所に騙されそうな人がいるならば一刻も早く現実を伝えてくれ!

ちなみにその他、下記の輩が『労務管理士』で商売している輩だ(相互の関連性は
不明)。
下記は氷山の一角で、『労務管理士』に限らず、【悪質な資格商法】で商売している
輩は調査すればもっと出てくるだろう。

『日本経営能力開発協会』
愛知県社会保険労務士会が悪質な例として挙げているが、現在では所在、実情詳細
不明。公式サイトなし。

『日本人材育成協会』
正式名『株式会社日本人材育成協会』。
問合せ先:〒541-0047 大阪府大阪市中央区淡路町1-6-2 TEL:06-6226-1148
となっている。
公式サイトなし。但し、『労務管理士』の講座受講料と受講資格などについては
下記URLで確認可能。
http://yt.yt7.net/02/005.html
1万円もしくは2万円の受講料を支払った後、実際の資格取得時には資格登録料として
4万円、その他年会費として1万5千円が請求される。
さらに要求される。

『日本経営管理協会』
問合せ先:〒102-0073 東京都千代田区九段北4-1-5市ヶ谷法曹ビル605
03-3261-1145(代)となっている。
公式サイトを抱え、『労務管理士』の資格を与えているが、資格自体は一応
「実務に役立つ職場の労務コース」として位置付けているようだが・・・
受講料17,850円の他、審査料という名目で2万5千円(入会金1万円)、
登録料という名目で7万5千円が別途請求される。
http://yt.yt7.net/02/005.html
『日本人材育成協会』と同じく上記サイトで審査料と審査料は確認可能。
『日本経営管理協会』の公式サイトURLは下記の通り。
http://www.jima.org/
だが、この公式サイトには受講料の17,850円のみしかが明記していない。

社会的に認知され、様々な実務に充分耐えうる資格というものにおいては、確かに
莫大な費用と労力を要するものがあるが、金さえ払えば簡単に取得できる資格
なんぞ、自己満足や趣味の世界であればそれで充分だが、それを現実の仕事に
生かし、尚且つ、それで生活の糧を得られるなんておいしい話はないのだよ。

★お詫び
★この記事に関し、一部事実無根の誤りがございました。2008年12月6日土曜日現在、この記事は訂正を行い、掲載を継続しております。★
訂正内容詳細に付きまして当方ブログ内、下記リンクをご確認願います。
http://wildoldboy.cocolog-nifty.com/wild_old_boy/2008/12/post-0382.html
事実無根の情報で一部企業にご迷惑をお掛けしました事をお詫び申し上げます。

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2007年5月12日 (土)

それは『深淵なる海を無限に漂う』感覚・・・“PLAYSTATION 3”専用ゲーム『flOw』

2007年5月11日金曜日より、“PLAYSTATION Store”にて、“PLAYSTATION 3”
専用ゲーム『flOw』がリリースされた。

『flOw』公式サイト
http://www.flow-games.jp

このゲームは『フロー理論』をゲームデザインに応用したものとして開発された
とされている。
以下の文は、公式サイトからの抜粋となるが・・・

”「フロー理論」では自分の行為に集中して感じる心地よい達成体験を「フロー体験」
と呼んでより、以下のいくつかの条件下で得られるとされています。
・明確な目標や見通しのある課題に取り組んでいる。
・行為に集中して無意識になる。
・やりがいと適切な難しさがある。
・直接的な反応が感じられる。
・自分の行為をコントロールしているという感覚がある。”

私はこのゲームを行ってみて「フロー体験」をする事はできなかった。
達成感をまったく感じないからである。
でも、私はこの『達成感を感じない感じ』がこの『flOw』というゲームのもつ本当の
面白さなのではないかと思った。

“PLAYSTATION 3”のコントローラの6軸検出システム(SIXAXIS)を活用して、
コントローラを自由に傾けながら、美しいクリーチャーを操作させる。
クリーチャーが存在する世界は『深淵なる海』・・・・。
他のクリーチャーを捕食すれば自身は成長していく。
多分、自身を成長させることに集中してゲームを進行していけば「フロー体験」は
得られるのかもしれない。
でもそんなありきたりの「フロー体験」なんかどうでもいいと思う。

それよりも『漂う』感覚が生み出すリラクリゼーションが遙かに素晴らしいのだ。

私はフリー・ダイビング(ボンベを背負わずに海に潜る)を趣味にしているのだが、
時折、ポイントを目指して潜るのではなく、シュノーケルとフィン(足ヒレ)だけで
『漂う』ように『海の底』を意識せず潜る事がある。
当然、現実のフリー・ダイビングでは息が続かなくなって苦しくなり、数分で海面に
戻るのだが、心地よく潜って漂っている間は完全に『時間』という意識を喪失して
しまう。
『海』という特殊な環境がそうさせるのは間違いないのだが、このゲームをやって
いると、その『深淵なる海を無限に漂う』感覚を時間が許す限り味わえるのだ。

“PLAYSTATION 3”をお持ちの方は、是非、このゲームで『漂う癒し』をお試しあれ。

尚、現在『flOw』のブログパーツを私のブログに表示しております。
ブログの右上に『flOw』のブログパーツ・スイッチが表示されますので、「on」
にすれば私のブログ上を『flOw』のクリーチャーが自由に漂います。「off」に
すればクリーチャーは消えます。

【注意事項】
・『flOw』のブログパーツを表示させるには、ブラウザのJavascriptをONにする
必要があります。
・『flOw』のブログパーツを表示させるには、最新のFlashプレイヤーをインストール
してある必要があります。

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2007年3月11日 (日)

SALTとの魅力・・・音を楽しんでこそ「音楽」・・・ピアニスト・塩谷哲

僕は自宅で仕事をしながらラジオをよく聞くのだが、ラジオから流れる最近の
ミュージシャンの楽曲にあまり魅力を感じなくなった。
確かに平均点はみんな高いのだけれど・・・なんだか面白くない・・・。
これは何だろうと考えたら、最近のミュージシャンの音楽の振幅の狭さにあるの
かもしれないと感じている。

正直言って、今の若い人たちの音楽の聴き方って、一見バラエティに富んでる
ようにみえるが、実は限られたミュージシャンの振幅の狭い音楽しか聴いて
いないのではないか?
何故か、そんな気がするのだ。別にそれが悪いと言っている訳ではないのだ
けれども。

大きなお世話だが、皆さんののiPodなどの携帯音楽プレイヤーの使われ方も
気になるところだ。
おっさんのiPodには常時7000~8000曲以上の楽曲が入っていて、多分、他の
人がその内容をみると僕の嗜好なんてものはてんで理解できないだろう。
ポップス、歌謡曲、クラッシック、JAZZ、ロック、クロス・オーバー、レゲエ、
カントリー、ボサノバ、タンゴ、サルサ、ラップ、アフリカ民族音楽、O.S.T
等々・・・とまさにメルティング・ポッド(Pod)の状態なのだ。
これをシャッフルして聴くのが何と楽しい事か!

そんな中に「SALT」こと塩谷哲の楽曲も入っている。
丁度、今(2007年3月10日土曜日夜)仕事をしながらTVチューナーの音声のみを
AVアンプを流していたらNHK BS2で塩谷哲の特番が始まった。
「夜更かしライブ缶 塩谷哲と音楽仲間たちライブ~ピアノVSボーカル~」
http://www.nhk.or.jp/bs/navi/music_td.html
慌てて、エア・チェック!

塩谷哲はピアニストのだがその活動は本当に幅広い。
http://www.earth-beat.net/
(塩谷哲オフィシャル・ウェブサイト)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~tezuka_s/salt/
(公式ではないが情報はこちらが豊富なファンサイト)
ソロとしてはもちろん、SALTの魅力は様々なジャンルのミュージシャンとの
セッションやコラボでより一層増幅される。
それは「SALT」の音楽の幅広さであり、こだわりがあってない不思議な魅力である。
「SALT」のピアノを聴いていると音楽って本当に自由で何でもできるんだと今更
ながらに納得させられるのだ。

NHK-FM でも放送予定!
『ライブ ウィズ フレンズ~塩谷哲と音楽仲間たち~』
3月31日(土) 23:00~25:00

音を楽しんでこそ「音楽」!

MUSIC LIFEなんて気取って堅苦しく自分を狭める事もしなくていい。
切欠は何でもいい。色んな音楽を色んな形で数多く楽しめば人生の幅も拡がる。
どんなに仕事や恋愛や生活で苦しくとも自由な音楽がそばにあれば、適量のスパイス
となる。
過去を振る必要は無いのかもしれないが、苦しんでいた時程、そばにあった音楽を
忘れないものだ。そうすれば過去の苦労を懐かしむ事もできる。

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2006年11月12日 (日)

TV番組「たけしの日本教育白書」で紹介された作家・司馬遼太郎「21世紀に生きる君たちへ」全文

2006年11月11日、フジテレビ(CX)系列で6時間に渡り生中継放映された・・・
「たけしの日本教育白書」
番組自体に対する所感といじめ、自殺問題については別途、機会を設けて
述べたいが、色んな意味で面白い番組であった。

この番組の最後に紹介された作家・司馬遼太郎先生が小学生の教科書向け
に渾身の心をこめて書き綴った「21世紀に生きる君たちへ」の全文を紹介し
たい。

「21世紀に生きる君たちへ」 作・司馬遼太郎

私は、歴史小説を書いてきた。
もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。
歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、「それは、大きな世界です。かつて
存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」と答える
ことにしている。

私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。
歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たち
がいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。
だから、私は少なくとも二千年以上の時間の中を、生きているようなものだと
思っている。この楽しさは・・・もし君たちさえそう望むなら・・・おすそ分けして
あげたいものである。

ただ、さびしく思うことがある。
私が持っていなくて、君たちが持っている大きなものがある。未来というもので
ある。私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、21世紀というものを見
ることができないにちがいない。

君たちは、ちがう。
21世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがやかしいにない手でも
ある。

もし「未来」という町角で、私が君たちを呼びとめることができたら、どんなにいい
だろう。「田中君、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている21世紀とは、
どんな世の中でしょう。」そのように質問して、君たちに教えてもらいたいのだが、
ただ残念にも、その「未来」という町角には、私はもういない。

だから、君たちと話ができるのは、今のうちだということである。
もっとも、私には21世紀のことなど、とても予測できない。 ただ、私に言えること
がある。それは、歴史から学んだ人間の生き方の基本的なことどもである。

昔も今も、また未来においても変わらないことがある。そこに空気と水、それに土
などという自然があって、人間や他の動植物、さらには微生物にいたるまでが、
それに依存しつつ生きているということである。
自然こそ不変の価値なのである。なぜならば、人間は空気を吸うことなく生きる
ことができないし、水分をとることがなければ、かわいて死んでしまう。
さて、自然という「不変のもの」を基準に置いて、人間のことを考えてみたい。
人間は、・・・くり返すようだが・・・自然によって生かされてきた。古代でも中世でも
自然こそ神々であるとした。このことは、少しも誤っていないのである。歴史の中の
人々は、自然をおそれ、その力をあがめ、自分たちの上にあるものとして身をつつ
しんできた。
この態度は、近代や現代に入って少しゆらいだ。
・・・・人間こそ、いちばんえらい存在だ。という、思いあがった考えが頭をもたげた。
21世紀という現代は、ある意味では、自然へのおそれがうすくなった時代といって
いい。

同時に、人間は決しておろかではない。思いあがるということとはおよそ逆のことも、
あわせ考えた。つまり私ども人間とは自然の一部にすぎない、というすなおな考え
である。

このことは、古代の賢者も考えたし、また19世紀の医学もそのように考えた。ある
意味では平凡な事実にすぎないこのことを、20世紀の科学は、科学の事実として、
人々の前にくりひろげてみせた。
20世紀末の人間たちは、このことを知ることによって、古代や中世に神をおそれた
ように、再び自然をおそれるようになった。
おそらく、自然に対しいばりかえっていた時代は、21世紀に近づくにつれて、終わっ
ていくにちがいない。

「人間は、自分で生きているのではく、大きな存在によって生かされている。」と、
中世の人々は、ヨーロッパにおいても東洋においても、そのようにへりくだって考え
ていた。
この考えは、近代に入ってゆらいだとはいえ、右に述べたように、近ごろ再び、人間
たちはこのよき思想を取りもどしつつあるように思われる。
この自然へのすなおな態度こそ、21世紀への希望であり、君たちへの期待でもある。
そういうすなおさを君たちが持ち、その気分をひろめてほしいのである。
そうなれば、21世紀の人間は、よりいっそう自然を尊敬することになるだろう。そして、
自然の一部である人間どうしについても、前世紀にもまして尊敬し合うようになるに
ちがいない。そのようになることが、君たちへの私の期待でもある。

さて、君たち自身のことである。
君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。
・・・自分に厳しく、相手にはやさしく。という自己を。
そして、すなおでかしこい自己を。
21世紀においては、特にそのことが重要である。
21世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。科学・技術が、こう水の
ように人間をのみこんでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちの
しっかりした自己が、科学と技術を支配し、よい方向に持っていってほしいのである。
右において、私は「自己」ということをしきりに言った。自己といっても、自己中心に
おちいってはならない。人間は、助け合って生きているのである。
私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめの画がたがいに支え合って、
構成されているのである。
そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きている。社会とは、支え合う
仕組みということである。原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。
それがしだいに大きな社会になり、今は、国家と世界という社会をつくり、たがいに
助け合いながら生きているのである。
自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようなにはつくられていない。

このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。
助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。
他人の痛みを感じることと言ってもいい。
やさしさと言いかえてもいい。

 「いたわり」
 「他人の痛みを感じること」
 「やさしさ」

みな似たような言葉である。
この3つの言葉は、もともと1つの根から出ているのである。
根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばなら
ないのである。
その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と
感じる気持ちを、そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい。
この根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりと
いう気持ちもわき出てくる。
君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、21世紀は人類が仲よしで暮らせる時代
になるにちがいない。
鎌倉時代の武士たちは、「たのもしさ」ということを、たいせつにしてきた。人間は、
いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女とも、
たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。

もう一度くり返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、相手には
やさしく、とも言った。いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。
それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして”たのもしい君たち”
になっていくのである。

以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きていくうえで、欠かすことができ
ない心がまえというものである。
君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかとした心を持たねばなら
ない。
同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。
私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。
書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているに感じた。

以上、全文終わり・・・。

司馬先生は21世紀に生きる子供たちだけでなく、私たち大人にも素晴らしい言葉を
残してくれた。
私たち人間は豊かな想像力で人の心の痛みや軋み、嘆きを感じ取れる『やさしさ、
いたわり』といった叡智を得ることが出来る。
しかしその叡智を獲得するために人間は日々想像力を巡らし、『訓練』を行わなけれ
ばならない。
人はみんな・・・ひとり。だが・・・たったひとりでは生きていけない。
ひとりづつの人間が、共に平和な社会を築き、その中で歩んでいくためには、自分
ではない誰かに対して思いやる気持ちをずっと持ち続けることが大切なのだ。
光ある未来は僕らの手に委ねられている事を決して忘れてはならない。

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2006年3月26日 (日)

中身の無いITとネットワークビジネスで人々を陥れる企業「ユナイテッド・パワー」

序文:
まず、最初に言っておきます。
このブログ記事は@niftyから削除依頼が来るかもしれない記事です。
ただ、私としては誹謗中傷ではなく事実をお伝えしたい、真面目に日々の仕事を
されている人々が被害を受けないで欲しいという思いでこの記事を書く事にしました。
過去、ブログ(@niftyココログ以外のブログも含む)でこの件に触れた人々で、幾人か
ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)より削除依頼されたという事実があります。

本文:
リンクなど貼りたくもないが・・・
http://www.unitedpower.co.jp/

上記の「ユナイテッド・パワー株式会社(略称:UPS)」という会社をご存知だろうか?

ユナイテッド・シネマやユナイテッド航空とはなんら一切の関係は無い。
UPSの本社は東京にあるのだが、地方の方のほうがご存知なのではないか
と思う。(ちなみに『UPS』と言っても無停電電源装置は売ってませんしので(笑))

この会社は実情の伴わないITとネットワーク・ビジネスというキーワードで、真面目
に生活を営んで来た方々を既に数多く陥れている。
世間でMLM(マルチ・レベル・マーケティング(Multi- Level Marketing))とも呼ばれる
商売手法で利益を追求している会社だ。
ここで言う『ネットワーク・ビジネス』という言葉はインターネットを利用したビジネスの
事を言っているのでは無い。
人と人を繋いで儲けるという意味で『ネットワーク』という言葉を使っている。

ここの主たる商材はインターネット用セットトップボックス(STB)と提供コンテンツに
ということになっている。

『セットトップボックス(STB)』
http://e-words.jp/w/E382BBE38383E38388E38388E38383E38397E3839CE38383E382AFE382B9.html

しかし、現実にこの商品の販売や提供コンテンツで上げている利益はほとんど無い
に等しい。
親になる人がまずUPSに40万円~50万円を支払い代理店契約を結ぶ。
そして親は子を見つける。子は同様に40万円~50万円を支払う。
子を紹介した親にはキックバックを払う。子はキックバックを得るため孫を探さなくては
ならない。典型的なマルチ商法だ。

ただ、やっかいなのは、ITが何なのかをほとんど理解していない人たちを親や子
にしていることだ。そして、その人たちに・・・
『ITにまったく触れた事の無いお年寄りや家庭の主婦などにIT関連の商材を売って、
ITの恩恵を受けさせあげましょう!お金も儲かるし、社会貢献もできますよ!』
・・・というところにある。
これでITが何たるかが理解できておらず、素直に人の意見を受け入れる体質の人々
が完全に陥ってしまう仕組みが出来てしまっているのだ。

セットトップボックス(STB)の言葉の定義は上記の通り・・・
『お手持ちのテレビに繋いで、様々なサービスを受けることができる便利そうな箱』
なのであるが・・・インターネット用となると話は変わる。
10年近くも前に様々な企業がチャレンジして(それこそ名のある企業もベンチャーも)、
大失敗した。

「ユナイテッド・パワー」という会社はインターネット用セットトップボックス(STB)には
『これから』(これからですよ!)百数十兆円の市場があると謳っているのだ。
百数十億でもビックリなのに百数十兆円・・・。どこにそんなパイがあるというのだ。
そう言うと、彼らはITに触れた事の無い全ての人々がパイだと無茶を言う。
百歩譲って、いや百数十兆歩譲って、ITに全く触れたことのない人々が使える素晴
らしいSTBが将来的に開発できたとする・・・。
だが、その前に今の商材の現実を見てくれ!商品は韓国で作られている。

「ユナイテッド・パワー」社のSTB『楽市.Net』の仕様
http://www.unitedpower.co.jp/rakuichi_spec.html
『楽市.Net』の価格
http://www.oceannet.biz/rakuichi/index1.htm
販売価格94,290円(税別89,800円)だそうです。
上記仕様でこの無謀な価格・・・。
2006年秋には『凄い』(何が凄いのかにはまったく触れていない)新機能を搭載
したセットトップボックスも発売予定だそうで・・・。
(セミナーでもらった貧相なチラシに赤インクで『2006年秋新機種完成予定!』印が
あったよー。セミナーに参加した理由と顛末は下記参照。)

『up.net(ユーピ-ドットネット)』という(以前はというups-2001という名称で販売。)
STBも販売している。
up.net(ユーピ-ドットネット)の仕様
http://www.unitedpower.co.jp/upnet_top.html
これが『世界最先端技術を結集させた端末機』だそうだ。

任天堂のNINTENDO DSやSCEのPSPと言った(まともな)商品が爆発的に売れて
いるこの時代にですよ。信じられますか?
(NINTENDO DS(Lite)やPSPは確かにSTBではないので、比較対象とするには
どうかと思ったが、携帯端末機がここまでユーザーにとって使い易く、高性能、
多機能に大きく発展しているのに、能無し場所取り高額箱と比較すれば一般の
方には判り易いと思ったのでこのような比較を行った。)

ユナイテッド・パワーがサービスしているポータルサイト『楽市』。
http://www.rakuichi-net.jp/
ちなみに『楽天』の『楽天市場』とは何の関係も無い。
また、カシオ製事務処理専用機器『楽市』とも何の関係もない。

実際に地方都市でユナイテッド・パワーの『セミナー』に参加してみた。
参加したのには理由がある。
知り合いになったAさんが、ユナイテッド・パワーに嵌まり込んでしまっていたからだ。
本当にこれまでご夫婦で真面目に働いてきた方だ。
別のまっとうな仕事でしっかりとした生活基盤を作られているのに、嵌ってしまった。
しかし、その方にはITが何たるか・・・いやPCの知識さえほとんどない。

セミナー参加者は私より上の年齢層(50歳代前後)と20歳代前半の人々がほとんど。
セミナーが始まる前に俺の前に座っていたおばさんが満面の笑みを浮かべ・・・
「社長さんが成功される前のお若い頃、ご苦労されていた時代の写真でーす!」
ズッコケましたよ。久し振り。
写真は・・・
サングラス掛けて車に乗ってポーズ付けてる若かりし頃の社長:三宅國秀氏。
その他、社長さんの様々なポーズ写真と社長さんを中心に盛り上がっている何だか
訳のわからない宴席の写真がぎっしり・・・。
苦笑いして後ろの人に渡す・・・俺。
セミナーの場所は地元では最も有名で、最新設備を備えた公共施設の広い会議室。

午後7:00にセミナー開始。
20歳代の人のよさそうな兄ちゃんが司会。異常なまでのテンション。

「今日はユナイテッド・パワーCOO梅沢良成氏さんと船井幸雄さんのコラボ・コンサート
に、よーこそいらっしゃいましたぁ!今日はセミナーではなくてコンサートですからねー!」
(船井幸雄氏なる人がどういう人かはググって下さいナ。)
それはそうと・・・司会の兄ちゃん。自分の会社の社長やCOOを紹介する際、普通の
企業は呼捨てにするものなのですよ。「弊社、COO梅沢を紹介申し上げます」と。

開始から5分・・・社長さんの事とと本日セミナーをするCOO(chief operating officer/
最高執行責任者)梅沢氏の事を兎に角褒めちぎるだけの司会が続いた・・・。

「それでは、ユナイテッド・パワーのCOO梅沢良成さんのご登場です!」
入場曲が流れる。COOさんと入場曲のタイミングが全然合わない。
取り敢えずタイミングがずれたことを『まくら』にして梅沢氏の『コンサート』が開始。

COO梅沢氏のお言葉。
「これから時代は年収250万~300万の下流社会に突入しますよ!あなたはこのまま
下に居ますか?それとも上へ上がりたいですか?もちろん上へ上がりたいですよねー!
皆さん上へ上がりたいからこの場所へ来たんですよねー!そうでない方はここから
出て行って下さい!そんな馬鹿な人はいませんよーね!そんな人は廃人です!」

思っていた通りの・・・展開。
始まって10分ぐらいで「出て行け!」と言われたので出て行こうかと思ったが、ここで
よっぽど出て行こうかと思ったが少しでも実情を知るため取り敢えず我慢・・・。

『ビミョー(微妙)』と言う言葉がSTBを開発している韓国でものすごーく受けたそうだ。
会場は大爆笑・・・私一人が笑っていない・・・。だって可笑しくないんですもの。
それなのにもう会場は100名ぐらいで盛り上がっている・・・。
マルチ商法のセミナーの典型的なパターンだ。

これを機会に儲け話に乗らないと、地獄に落ちるかのような話が延々と続いた。
この場所に来ている人々のほとんどが既に洗脳作業が完了している様子。
マルチの親に近い立場で、既に儲けを上げた人々が存在しているのは事実なのだが、
親が儲けた話ばかりで、マルチの子や孫がどうなるのかには一切触れない。
案の定、セミナー(コンサート)が始まって30分過ぎても事業説明もなければ商材説明
もなされない・・・。
まぁ、ほぼ洗脳完了済みなので今更説明してもねえ。

COOさんは一旦、壇上から去る。
これから船井氏の『ありがたいインタビュー・ビデオ』を流すために・・・。
ビデオの内容は詳細に説明すると意味不明になる。
簡単に説明すると・・・『僕は成功しました凄いでしょう』という内容。
小1時間経過・・・。

もう・・・我慢できません。
ひとりで退場です。
周りは驚嘆の眼差しで僕を見詰めます。
『あなたは下流社会に居たいの?廃人なのね。』とでも言いたげな眼差しで・・・

もう無理だろうとは思いつつ、知り合いのAさんとは後日、お話をした・・・

Aさん「僕らのことをオウムと変わらないと思っておられるでしょう?」
俺「洗脳には、真面目な方ほどに嵌ってしまうんです。」
Aさん「僕らはそう思われても構いませんよ!僕はもう会社側の人間ですから
数年後の結果を見て下さい!」
俺「数年後は無いですよ。せっかくの今の生活基盤があるのだから・・・」
Aさん「いえ、私は信じておりますし、社長やCOOと直接お話をさせて頂いて
おりますから何の問題もありませんよ。昨日だって夜中3時までCOOと話を
してますから。それに勉強会も何度も行っていますし。」
俺「何時間、話をしたかなんてまったく関係ありませんよ。勉強会も商材の
位置付けや市場の現状把握を本当に行っていますか?ネットワーク・ビジネス
でどうすれば人を惹きつけられるかの勉強しかしてないんじゃないんですか?」
Aさん「あなたには判って頂けないのようですね」
俺「判る、判らないの問題じゃないんです。僕らの両親世代のほとんどが、ITに
対しての知識も免疫もありません。そういう人々にこのような意味の無い高額な
商品を売って欲しくないと言っているんです。」
Aさん「買う、買わないはその人たちが、判断する事でしょ。あなたにとやかく
言われる筋合いは無い。」

こんな、会話が暫く続いた。UPS社のSTBがいかに貧相なのに高額であるか。
UPS社の行っているセミナーがマルチ商法の典型的なパターンであること。
STBにUPS社が言うような市場はまったく存在しないこと・・・などなど具体的な
ところまでも説明しましたが、やっぱり、素人に洗脳を解くのは無理でした。
残念ですが、Aさんとはそれっきりご縁を切りました。

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